第十八話 予言(3)
辿り着いたのは、街でも数少ない道具屋だった。
つまりそこが老人ことベンヴェヌートの家なのだ既に商売は息子に譲り、楽々とした隠居の身の上であるらしかったが、妙な考えが頭の中に忍び込んだらしい。
ベンヴェヌートも若い頃はやり手の商人だったようだが、今ではただの痴呆老人と化してしまっていた。
「ちょっと目を離すともうこれなんだから。お爺ちゃんには静かにしていて貰いたいんです」
ルナとズデンカへお茶を運びながら、孫娘=ジェルソミーナはため息を吐いた。
「でも、ベンヴェヌートさんだってご主張あって、予言を語られていたわけでしょう? なら、思う存分お話させてあげてもいいじゃありませんか」
ルナは甘やかす。
「そうじゃろう、そうじゃろう。儂が予言したことは間違いなく起こるのだ」
老人は何度も頷いていた。
「ぜひぜひ、予言の内容を詳しくお聞かせ願いたいのですが」
ルナは手帳と鴉の羽ペンを取り出した。
「近いうちにこの街に疫病が流行る。多くの死人が出るだろう。続いて地震で大地が大きく揺れる。やがて、化け物が訪れ、皆を貪り喰らうであろう」
――なんだ、さっき言ってたこととちっとも変わらねえじゃねえか。
目の前に出されたお茶にはちっとも手を付けずにズデンカは思った。まあ、飲むことが出来ないからだが。
「それはすごい! 興味深いなあ!」
とは言いながらもルナは一向に羽ペンを動かしていない。
――どう考えても蒐集するに足りん話だからな。
ズデンカは内心毒突いた。
「さてと」
ルナは手帳を閉じて、立ち上がった。
「実は、ここしばらくこの街に滞在しようかなって思ってるんですが、これから、宿を探さなきゃなって」
そう言いながら、チラッチラッと視線をジェルソミーナの方へ送った。
「あっ! 泊まっていってくださっても構いませんよ。もちろん、父と相談の上ですが、部屋は空いてるし、大丈夫だと思いますよ。むさ苦しいところですが、どうぞごゆっくり!」
ジェルソミーナは慌てながらも微笑みを浮かべルナを見つめた。
「よし、宿代が浮く!」
ルナは拳を振り上げた。
「お前もなかなか
皮肉たっぷりにズデンカは耳打ちした。
「まあ色々あったからね」
ルナはにんまりした。
何だかんだ言いつつ、二人はアントネッリに一週間ばかり滞在していた。
そのあいだ何事も起こらず、ベンヴェヌートは暇があれば道具屋を抜け出して騒ぎ散らしていた。さすがに街の住人も相手をすることはなくなり、周りはがらんとしていたが、老人は構わず喚き立てていた。
予言が実現しそうな様子は毛ほども見えない。
ルナはベンヴェヌートは完全に無視して、街の人々から綺譚がないか聞きまくっていた。正直記録するに足るほどの話はなかったようだが。
ズデンカは道具屋の家事を手伝った。父母は早くに離婚していたので、ジェルソミーナは料理の準備に余念がなかったのだ。
ズデンカは作ることは不得手だから買い出しを手伝った。
「ズデンカさんったらほんとに足が速いですね。私なら一時間もかかっちゃうところを十五分でとか」
「大したことじゃねえよ」
――少しでもルナから離れたら何をしでかすかわからねえからな。
とズデンカは心の裡で言い訳をした。
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