第十八話 予言(2)

 三角形に広がる緑陰の丘の中に点々と白い壁を持つ建築が並んでいる。形状はブッツァーティと変わりがないが、疎らのため随分余裕のある感じを覚える。村に近い街と言ったところだ。


「思ったより人口が少なそうだな」


 ズデンカは言った。


「少ない方がいい。多すぎてたら疲れちゃうからね」


「さんざん繁華街を飲み歩いたくせに何を言う」


「お酒が入ってると入ってないとではまた違うのさ」


「お前が騒動を起こさないかとこっちは冷や冷やものなんだが」


「お酒って、飲み過ぎちゃうものだから仕方ないよ」


 ルナは朗らかに言った。


「いつか痛い眼見るぞ」


「その時はその時さ」


 ルナは繰り返した。


 さて、いざ街の中に入ってみると、打って変わっての人混みが出来ていた。


 好奇心旺盛な二人はすぐさま近付いた。


「なんだ、なんだ?」


 ズデンカは並の人間よりは背が高い方だが、それでも群衆の奥の奥に潜んでいる注目の的の正体を突きとめきれなかった。


 やっと爪先立ちして、姿を捉えることが出来た。


 年老いた男が長髪を振り乱して大声で叫び続けていた。


「儂には見えるぞ、見えるぞ! この街に疫病が蔓延し、大地は割け、諸々の民草を中に飲み込むのだ。悪しき獣が森林を徘徊し、食い殺すことだろう」


「なんだ予言者気取りか」


 ズデンカも人生(?)経験は豊富だ。この世が自分の言った通りになる。だから、自分に従えなどと叫ぶ人間はこれまで幾人も見てきた。まれに言ったことがあたることもあるがほとんど偶然だ。場合によったら事が起こった後で自分は言っていたと捏造して公表する者もある。


 ズデンカが生まれた頃にも何人もいたし、今のように人心が荒みやすい時代ならなおさらのことだろう。


――注目を浴びたいだけだろうさ。


 大した能力もなく、知性もない人間が唯一未来をてるというというその点だけで注目の的になろうとする。実に愚かしい行為だとズデンカは思っていた。


「面白そうだね!」


 ルナはウキウキしながら耳を傾けていた。


「馬鹿か」


 ズデンカは呆れた。


「地獄を見るぞ。お前らは地獄を見るぞ! 予言に従わねばな」


「信じられるかよ」


「ほんとに未来が見通せるなら、金を幾ら出してもいいんだがな」


 集まった人々も半信半疑、いや半ばすら信じていないありさまだった。この街は長閑なところのようだし、大声で叫び立てる老人が注目を浴びやすいのは仕方ないことだろう。


「儂を信じろ! 信じるのだ」


「お爺ちゃん!」


 十代ぐらいの娘が急いで駆け寄ってきて、老人の肩を掴んだ。


「ごめんなさい、うちの祖父がご迷惑かけまして」


 少女はぺこりと皆に礼をした。


「面白そうですね。お爺さんは未来が見えるんですか?」


 ルナが聞いた。


「いえいえ、そんなことありませ……」


 と訂正しようとする孫娘を遮って、


「見える! 崩壊の光景ヴィジョーネが!」


 と老人は喚き立てた。


「なるほど、なるほど、面白い綺譚おはなしならわたしは大歓迎です。ぜひとも聞きたいのですが」


「おおっ、歓迎するぞ!」


 老人は喜色に顔を輝かせて言った。


「そっ、それでは、お家まで案内させてください!」


 慌てた孫娘は先に立って歩きだした。ルナは駆け足で付いていく。


「やれやれ」


 呆れながらズデンカも後を追った。

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