第十五話 光と影(9)

 「とりあえず起きるのを待とう」


 そう言ってルナは部屋に戻ってベッドに伸びた。


 ズデンカはルナを追って付いてきたが、すぐ足を止めた。


 ベッドですやすや寝息を立てているルナの姿を見たからだ。


 

ルナが目を覚ますと、良い匂いが鼻を突いた。


「何だろう。すごく美味しそうだ」


 シチューだ。


 ルナの大好物の一つだ。


 ルナは部屋を出て歩いていった。


 台所にはカルメンとズデンカが立っていた。


 二人が振り返る。



「やっと起きたか。何時間眠ってるんだよ」


 ズデンカは呆れた。


「ルナさんがシチュー好きって聞いたから二人で街へ出かけて材料買ってきたんだぁよ」


「カルメン、身体は大丈夫なの?」


 ルナは心配して聞いた。


「このとぉりぃ、もう元気だぁよ!」


 と言ってカルメンはぶんぶん尻尾を振り回した。


「キノコも採ったぞ!」


 ズデンカは籠一杯のキノコを差し出した。


「でも君、これってさぁ、毒キノコじゃないの?」


 ルナはズデンカを訝しむ目で見た。


「カルメンに聞いてちゃんと摘んだぞ」


 ズデンカは立腹したようだった。


「何年もこの山で暮らしてきたあたしだよぉ、心配しないでぇ」


 カルメンは胸をポンと叩いた。


「でも、君の料理でしょー?」


 ルナはズデンカに言った。


 ご存じの通り、ズデンカは料理が余り上手くない。


 味見を出来ないのだから当然だ。とは言え長年の修練で簡易なメニューぐらいなら作れる力量はあるのだが。


「あたしも手伝ってるから大丈夫ぅ!」


 カルメンはさらに太鼓判を押した。


「うーん」


 モヤモヤした思いを消せないまま、ルナは椅子に坐った。


 ルナ自身は料理がまるで出来ない。出来たとして全部火を入れて黒焦げにしてしまう。自分でも何とかならないかと努力はしてみたが、黒焦げの数が増えるばかりだった。


「お前は火を入れ過ぎなんだよ」


 とズデンカから嗤われるが、幾らでも入られる続ける自信があった。


 何か、おかしい。


――人間としてどこかポンコツなんだろう。


 たまに台所に立つ機会がありでもすれば、ぼうっとして立ち尽くしてしまう。


――偉人に料理を作った人は歴史に残らない。


 以前自分が吐いた言葉を反芻した。偉人と自分を比べるのはいささか腰が引けたが。


 恥ずかしさを感じはしたが結局そのままにして旅をしてきていた。


 でも、今回色々あってそれを考え直す機会も増えた。


――して貰うだけじゃダメなんだ!


「わたしも手伝うよ!」


 ルナはそう言ってがばっと立ち上がった。


「生憎だが、もう出来上がってるぜ!」


 ズデンカは熱々の皿を素手で持って歩いてきた。


「うーん」


 ルナはしょんぼりした。


「何だよ、食いたくないのか?」


 と言ってズデンカはルナの前に皿を置いた。


 グーッ。


 思わずお腹が鳴ったルナはスプーンを取り上げるとシチューにがっつき始めた。


「よっぽど腹が減っていたんだな」


 ズデンカは腕を組んでいた。


「おかわり!」


 ルナは空の皿を持ち上げた。


「もう食べたのかよ!」


 早く掻き込み過ぎて口の中をちょっと火傷していたが、食欲は一皿程度では収まらない。


 ズデンカは何も言わず皿を下げてまたシチューをいれてくれた。


「ありがとう!」


 ルナは目を輝かせながらまたがっついた。


「礼が言えるようになっただけましだ」


「おいひいよ。キノコも」


 ルナな頬張りながら言った。


「毒じゃないだろ?」


 ズデンカは嬉しそうだった。



「君は食べれないでしょ」


「人が美味しいって言いながら食べてるとこを見るのはいいもんだ。ルナも誰かに作って見ろよ」


「……」


 ルナは自分も手伝おうと思ったことを伝えたかったが我慢した。

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