第十三話 調高矣洋絃一曲(10)
――ランドルフィ王国西端パピーニ
暖炉の火も掛けられていない冷えた部屋の中でベッドに座り、ズデンカは目をつぶっていた。
ズデンカは
大蟻喰と二人で山中を探し回った、いや、下に降りて探したがルナの姿は見えなかったのだ。
草の根を分けて、すみずみまで探したつもりだ。でも、手掛かりすら見つからなかった。
ルナを狙ったのはカスパー・ハウザーの手の者で間違いない。
――もし、ルナが捕まっていたら……。
そう考えるとズデンカはひどく絶望的な気分になって、明け方まで探索を続けようとしたが、大蟻喰は宿へ帰るべきだと主張した。
「ルナなら、きっと一人でも戻ってくる。心配することはないさ」
自分の方が付き合いは長いのだから、と言外に滲ませる余裕な態度に、ズデンカは苛立った。
結局その言に従うことになった。
「だいたい、キミはルナを抜きにした存在意義が不明すぎる」
暗闇の向こうでちょこんと椅子に坐っていた大蟻喰が言った。
――こいつ、灯りも点さないのか。
結果としてどちらが先に着けるか我慢勝負している状態だった。
まあ、ズデンカは闇の向こうでも相手の顔をしっかり捉えられるのだが。
「どう言う意味だ?」
「ルナが仮に死んだとしたらキミはどう生きていくかってことだよ」
「……」
ズデンカは何も言い返せなかった。まず怒りが来たが、大蟻喰の問いは正しい。自分がずっと不安に思っていたことだったのだから、と思った。
「何の存在意義もなくなってしまいそうだね」
「あたしはあたしだけで生きてくさ。前はずっとそうだった」
ズデンカは声を荒げずに答えた。
「どうせ誰かと仲良くなってもすぐ死んでしまうのだからね。キミと同じ時代を生きた人間はもう残っていないはずだ。いや、
大蟻喰はしたり顔で話を続けた。
「家族は……いる」
ズデンカは漏らした。
「あ。キミは今初めてキミ自身のことを話した。ま、それほど昔のことなんだろう。文字通りの『脳なし』じゃあ、なかなか覚えてられないのかもしんなけど。家族がいるって言っても今は生きているかわからないんだろ」
「……」
ズデンカは答えられなかった。
家族もこの二百年間で大分狩られこそしたが、二十年ほど前に場所も定かでないどこかの街で兄のゲオルギエと顔を合わせたことがあった。
ズデンカとは母を異にする兄は端正な白い面立ちのまま昔と変わらなかった。
妻がいたはずだが、そばにはもういなかった。子供たちもだ。狩られたのだろうとは思ったが口にはしなかった。
何を話したか、もうほとんど忘れてしまったが。
他愛ない、どうでも良いことだったに違いない。
血が繋がっている親族より、ルナとの話の方が記憶に残っているほどだ。
「吸血鬼は人間より長い時間を生きる。当たり前のことだ。人は人、キミたちはキミたちで生きた方がずっと良くないかい?」
「あたしは今しか見ていない」
精一杯答えられる限りの言葉だった。
「努めて見ようとしてるんだろ。見なかったら不安になる」
嫌らしいほど大蟻喰はズデンカが考えたくない部分へ入り込んでくる。
多くの人間を喰ったという言は嘘ではないのだろう。
朝焼けが窓のかけられたブラインドに染み通った。部屋の中がほのかに明るくなる。
「それでも、朝はくる」
無言を続けるズデンカに笑いかけながら、大蟻喰は言った。
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