第十話 女と人形(10)

 目の前で起こったことをぼんやりと見つめていたメリザンドは、ルナの声でハッと気がついて歩き出した。


 ホールに設置された本棚から、沢山の官能小説や春画などを座席の上に積み上げていく。


 ルナは何も言わずライターを差し出した。


 メリザンドは火を点けた。


 瞬く間に炎が広がる。


 あられもない格好の女たちの屍体を描いた絵が黒く焦げてめくれ上がっていく。


「やはり、それを望むのですね。この中には稀覯本なども多く含まれているようでしたが」


 ルナは静かに言った。


「飽き飽きしましたので」


 メリザンドはせいせいしたかのように言った。


 ズデンカは『鐘楼の悪魔』を燃えさかる火の中に投じた。


 「さあ、出ましょう。火は広がりますよ」


 ルナは先に歩きだした。


 ズデンカはすかさずその傍に寄り添った。


 玄関についた時にはもう図書室が凄い勢いで燃えていた。


 書棚から吹き出す炎の尾が頬を掠めすぎるほどだ。


 黒い煙も流れ出していた。


「また、本が焼けている」


 口を塞いで、急ぎながらもルナは振り返り、うっとりとそれを眺めた。


「悪趣味だぞ。あの中にはお前の本もあるのに」


 口を隠す必要もないズデンカはルナの額を小突いた。


「手塩に掛けた作品が燃えるのもまたいいものさ」



「理解できん心境だな」


 ズデンカはやれやれと呆れるポーズをした。


「風流さの欠片もないんだね」


 軽口を叩き合いながら二人はメリザンドを屋敷の外へ逃がした。 


 だが、その足どりは重かった。


「みんないなくなってしまった……」


 少し離れて小高い丘のところまで来た時、ぽつんとメリザンドは呟いた。


「これやら、どうやって生きていけばいいか」


「おかしなことを仰いますね。あなたは、ここから出たいと願った。今、叶ったのに。なのに不安なんですか?」


 ルナはきょとんとして、訊いた。


「確かに願いました。でも、そうなってみると何をすればいいか」


「わたしには分かりませんが、何もないからこそ、かえってせいせいするってこともありますよ。それにあなたはロランの財産の唯一の相続者なのだから。それに、保険も利きそうだ」


 そう言ってルナは後ろを振り返って指差した。


 天へ逆巻く劫火にくるまれて、ヴィルヌーヴ荘は燃え続けている。炎は開いた窓から屋根の上にも這い上っていく。


「実に爽快じゃないですか」


 ルナは笑った。


「そうですね、ふふふ」


 ルナにつられてメリザンドも笑った。


「見て。サルスベリの枝が輝いていますよ」


 満月だった。その光を受けて、サルスベリの葉が落ちた枝は薄く白い輪郭を得て輝いていた。


 月と同じぐらい丸顔なルナはそれを指差して言った。

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