第四話 一人舞台(1)
ヒルデガルト共和国中部ホフマンスタール――
「どいつもこいつも、芸ばっかしてやがるな。噂通りの芸術の都だぜ」
路傍で大道芸人がジャグリングしたり、二人で掛け合いの漫才を繰り広げたり、人形芝居で妻が夫を棒で殴りまくるのを見ながら、メイド兼従者兼馭者のズデンカは言った。
「好きなことをして暮らしていける環境なら、みんなやりたがるさ」
ズデンカの主人、
ここ、ホフマンスタールはヒルデガルト共和国でも一、二を争う芸術の都だ。スワスティカ時代に国道が敷設され、オルランド公国との往来も盛んとなっている。
「だが、食えるか食えないかは話が別だろうさ」
「それなりに儲かってるみたいだよ」
ルナが指差すと、大道芸人が地面に置いたよれた帽子にごっそりと金貨が貯まっていた。
ルナは金貨を一枚、指で弾いてその中へ入れる。
「無駄遣いするんじゃねえ」
「君はわたしのお母さんか」
ズデンカは少し顔を伏せた。恥ずかしくなったのだ。
「さあ、急ごう。劇作家にして演出家リヒャルト・フォン・リヒテンシュタットの新作公演をお目にかからなくちゃね」
ズデンカとルナは劇場を目指して歩いているのだった。
「誰だよ、それ。いつそんな予定組んだ?」
ルナは秘密主義者だ。目的地こそズデンカには告げたが、理由は教えていなかったのだ。
「最初からだよ」
「聞いたこともないやつだな」
「そりゃかなりの物知らずだよ。リヒテンシュタットは世界的に名高い作家だ。彼の演劇は人間生活の懊悩の深遠な洞察に達しているとの評判だ」
「なんだよ、その雑誌に書いてそうなありきたりな紹介は」
「早い話、わたしも彼の芝居を観たことがないのさ」
「お前……」
ズデンカは睨んだ。
「こんな素晴らしい環境なら、誰もが俳優になりたがるだろうね」
ルナは話を逸らし、周りを見回した。華やかに着飾った男女がたくさん歩いている。普通の街では見かけない格好の者がいる。おそらく俳優かその卵なのだろう。
「なれない奴もいるだろ」
すっかり話をそらされることに慣れたズデンカが言った。
「相変わらず君は現実的だね」
「お前が非現実的なだけだ。好きなことで食っていけるやつは少ない」
ズデンカは言い張った。
「少ないからこそ、皆少ない可能性に賭けるんじゃないのか」
「皆が皆何者かになれるわけじゃない。才能は誰もが持ってないからな。平凡だろうが手堅い人生を生きて何が悪い」
「吸血鬼が言ってもねえ」
「だからなんなんだよ」
ズデンカは頭を掻いた。かゆみは感じないのでポーズだけだ。
「さて、そろそろ劇場だ」
円柱に梁が渡された古風な建物で、入り口には階段まで設けられていた。
「あたしには居心地が悪そうなとこだ。外で待っててもいいか?」
「まあそう言わず」
近くの紳士淑女は二人を奇異な目で見た。常識的に考えて、メイドと並んで歩く主人はいない。
召使いは高級な劇場に立ち入らないし、まれに立ち入るとしても一歩退いて歩くのが普通なのだ。
しかも、主人が男装した女なので多くの者にとって奇異に映るのだろう。
「あれは、ルナ・ペルッツじゃないか?」
「よくない評判もあるよな」
「近寄らないで置きましょう」
気にもせずルナは歩いていくが、ズデンカは怒りを抑えていた。
「ろくでもねえ」
と拳を固める。
「まあまあ、ここで騒ぎを起こしてもね」
ルナはなだめた。
「それ、普段ならあたしが吐くセリフだぞ」
ズデンカが渋り顔をするのを承知で高額な入場料を払ってルナは先へ進んだ。
天井はとても広く、かなり数多く設けられた席をふらふら迷うルナの手を引いてズデンカは連れていった。坐ると芝居はじきに始まった。
「とーざーいとーざい。これより、リヒャルト・フォン・リヒテンシュタット作・演出による悲劇『犠牲』の公演を取り行いまする。紳士淑女の皆々さま方、なにとぞ最後までお見とどけくださりまするよう」
興行主が謳うように口上を述べる。
幕が開き、芝居が始まった。
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