第三話 姫君を喰う話(8)

 群衆に響めきが上がった。死んだのだとすれば、今目の前にいるエルゼ王女は誰なのか。


 死ぬのは自分たちだとは、一体どう言う意味か。


 困惑の波があたりに広がった。


「実に面白い綺譚おはなしだ」


 ルナは満足したようだった。勢いよく羽ペンを走らせ書き終えると、手帳を懐へしまった。そして、


「しかも、おまけまであるらしい」


 と付け加えた。


「何だよ、何が起こるって言うんだ」


 ズデンカまで戸惑っていた。


 返事をする代わりにルナは王女エルゼを指差した。


 今まで話していた王女の腹部が突然赤く血に染まり、十本の指が突き出された。やがて服ごと皮が引きちぎられ、二本の腕が露わになると、頭がにょっと現れた。


 とたんに王女の顔はしわしわと萎れていき、皮一枚になった。嵌められていた枷はそれとともに下へ落ちた。


 王女の中にいたのは背のとても低い少年――


 いや、少女だった。


 短く刈り上げた髪が、居並ぶ者たちにそう誤認させたのだ。

 身にまとうのは誰も見たことがないかたちの外套で、首の部分に頭を覆うフードと紐が付いていた。


 胸部には愛と憎しみリーベ・ウント・ハースと赤と白の糸で縫い取りされている。


 ――もちろん、全ては血に塗れていたものの。


「初めまして。ボクの名前は――そうだな。仮に『大蟻喰』とでも呼んでくれ。反救世主だ。これでも、この世を滅ぼす者でね」


「反救世主。神に逆らう存在――今まで、その名を騙った者は多くてさ」


 ルナはそう言ってニヤリと笑った。


「ボクは人を食べる。いとも気軽にね。そして食べた人間の記憶や能力を全て得ることができるのさ。だけじゃなく、こうやって皮を被ればそいつに成り代わることもできる。姫君の思い出を君たちに話せたのはこう言ったわけさ」


 少年のような少女は、エルゼの皮をおやつのように噛み食いながら処刑台を歩きまわった。


「怪しいやつ!」


 呆然としていた二名の刑吏が我に返り、斧を大蟻喰へ振りかざしてきた。

 あくびをしながら大蟻喰は両手を左右に振った。


「だるい」


 瞬時に二人の刑吏の首が落ちていた。

 大蟻食は返り血を浴びながら、落ちた首を拾い上げてその頬肉を囓った。


「まずいな」


 そうは言いながら大蟻喰は物凄い速度でがりがりと頭の皮を削り、髑髏が覗くまでにした。


「さて、みんな。ボクはね、キミたちを食べなきゃならない。人間というクズな蟻を吸い尽くす蟻喰こそがボクなのだから」


 そう言いながら、一気に押し寄せる刑吏たちの間を擦り抜けつつ、その足や腰を切断していった。


「法によって定められた刑の執行を妨げる不届き者め!」


 そういう刑吏頭の腹へと手を突っ込んで腸を引き出し、ソーセージのように噛み切る大蟻喰。


 「ボクが法だ」


 悶える刑吏頭を踏みつけながら、静かに宣言した。


 その首を捻り切ると、頭蓋をこじ開け中に詰まっている脳味噌を指で掻き回し、舌へ手を持っていき、ねぶった。

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