第三話 姫君を喰う話(6)

 痩せこけた姉がベッドにぐったりと寝ている時も、わたくしは冷ややかに見下していました。


 何度も犯され、食事すら与えられなかった姉はうつろな目で天井を見つめるだけだったのです。


 やがて、うっすらと涙がその縁を伝って流れ出すのが分かりました。


「エルゼ……」


 姉はわたくしを呼びました。どうせ、馬鹿にする言葉が出るのだろうと思ったわたくしは無視することにしました。


「あの頃は……楽しかったなぁ」


 一瞬、耳を疑いました。罵りの言葉が出るかと思ったのに。


 なおも無視しながら、姉が語ることを聞き逃すまいと身を近づけました。


「二人で一緒に中庭を遊んだりしたよね」


 あの件があって仲違いするまでは二人で一緒に遊んだこともあったんです。


 わたくしは答えませんでした。


「指輪のこと……ごめんなさい」


 姉が続けました。


 そんなことまで覚えていたのか。わたくしは驚きました。やった方は覚えていないものと思っていたのに。


「うらやましかった。お前がお父様に愛されているのが。お前はとても可愛らしくて、みんなから愛を独占していた」


 わたくしの認識とはすっかり違う世界をロザリンドは見ていたのです。死に瀕した姉は、初めてそのことを告げました。


「お父様はわたしに何もくれなかったのに、お前にだけは」


 ロザリンドがお父様から何も頂いていないことを知ったのは初めてです。とくに何も言わずにくださったので、娘には誰でも与えているものだと考えていました。


「お前の指輪を見てどうしても欲しくなってしまったの、美しく輝いていたから」


 わたくしは緑色に輝く指輪を思い出していました。急いで部屋の中をさぐり、抽斗の奥深くに眠っていたそれを取り出しました。多くの持ち物はキンスキーが抜き取っていましたが、子供の指に入るものでとても小さかったためか忘れられていたようです。


 わたくしは何も言わず、指輪を姉へ差し出しました。


 ロザリンドは弱々しくそれを撫でました。


「子供の時、あんなに欲しかったのにね」

「今は欲しくないの?」


「もう大人だもの。それに……」

「それに?」


 ロザリンドは答えず、わたくしの手を握り返してきました。


「ロザリンド!」


 わたくしは思わず名前を叫んでいました。


「わたし、死にたくない。死にたくないよ!」


 そう怯えた顔で呟く姉の目から光が消えていくのが分かりました。


 今まで思ってもみなかった姉への思慕の感情が、突然湧き上がりました。


 わたくしは温もりが消えるまで姉の亡骸を抱きしめていました。

 なぜ、姉は謝ったのでしょうか。死を前にしてわたくしへの怨みが消えたのでしょうか。


 姉もまた被害者なのだ。


 キンスキーに対する怒りすら、姉は表現出来ずに死んだのです。

 時間が経つごとにわたくしは自分の無力さが情けなくなり、キンスキーを許せなくなっていきました。

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