第二話 タイコたたきの夢(6)
ズデンカが牽く馬車はオルランド公国陸軍エンヒェンブルグ司令部に止まった。
ハンスは軍服から近くで買った衣類に着替えていた。そのままの格好で本部に行くのはさすがにまずいからだ。
ルナの顔を見たとたん、厳めしい門番の兵隊たちは一礼して案内した。
「顔パスってやつだね」
ルナは堂々と敷居を跨ぎ、二階の各幹部の個室へ案内された。
その部屋の扉には『軍医総監仮室』とあった。
「軍医の階級なんぞ詳しくないけどよ。こりゃ一体どういう?」
そうズデンカはハンスに聞いたが、こちらは顔を真っ青にして震えていた。
「なるほど、相当なご身分ってわけだ」
ドアをノックすると、
「入ってこい」
と声が響いた。ルナたちは言われた通りにする。
「ルナァ!」
入ってきたルナを見たとたん、声の主が大きく手を広げて凄い勢いで突進してきたではないか。
眼鏡を掛け、軍服を来た女だった。
「久しぶりだね。アデーレ・シュニッツラー」
そう言ったルナはアデーレに抱きしめられていた。その勢いにハンスは身を仰け反らせた。
「会いたかったぞぉ!」
「妙に馴れ馴れしい奴だな」
相手が偉そうだからと躊躇していたズデンカだったが、とうとうたまりかねて毒づいた。
アデーレは横目で睨んだ。
「何だ貴様。ここをどこだと思っているのかね? なぜ勝手に入ってきたのだ」
「あたしはこいつ――ルナの連れでね」
「連れ!」
アデーレの顔が青ざめる。
「お前、予というものがありながら! 他に女を作るだと!」
「いや、君とわたしは何の関係もなかったはずだよ。ズデンカは旅の連れさ。情けないことに、わたしは身の回りの面倒が何も出来ないんでね」
ルナはあっさりバラした。
「くやじい。ルナと二人旅が出来て!」
アデーレは袖を噛み、紅涙を振り絞った。
「閣下には職務があるでしょう」
ルナは穏やかに言った。
「職務など放棄してもルナと一緒が良いのだ」
「ところでアデーレ、今日は頼みがあって来たんだよ」
ルナは言った。
「頼みだと? 何が望みなのだ」
アデーレは目を輝かせた。
「彼、ハンスくんはこんな格好をしてるけど実は脱走兵でね。何とかしてやりたいんだけど」
と言って、ルナはハンスを指差した。
「一兵卒なぞ、予の関わり知るところではない」
アデーレは仏頂面になり、興味がなさそうに応じた。いつも部下に接するときはこんな感じなのだろうとズデンカは思った。
「まあ、そう言わずにさー!」
ルナはさっとアデーレの近くに詰め寄る。アデーレは唾を飲んだ。
「どっ、どこの所属なんだ」
「軍楽隊だよ」
「なら、余計に予とは繋がりがない。衛生兵だったら話が別だが」
「でも、上司へ手紙を書くぐらい出来るだろう?」
ルナはなおも食い下がる。
「ルナがどうしてもと言うなら、やってあげてもいいが……具体的に何を?」
アデーレは顔を紅潮させた。
「ハンスくんは音楽をやりたいんだってさ。だから除隊させてあげて欲しい」
言った瞬間、俯いていたハンスが目を上げてルナの方を無言で見つめているのがズデンカに分かった。
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