男と女で態度が変わる女『百合ぽい』

赤木入伽

男と女で態度が変わる女

「じゃあ木村、あとは一つよろしくな」


「はい……。分かり、ました……」


 先生の気軽な口調の頼み事に、そう返事してしまったことを私は後悔していた。


 まあ、これもクラス委員長の仕事なのだろう。


 私は溜め息をこぼしつつ、教室の後ろのほう――昼休みらしく賑やかに騒いでる連中を見やる。


「わぁ! ハヤト君の腕、すっごい筋肉! ショウ君も足太いし、リク君なんて腹筋割れてるよ!」


 そう“可愛い”声を上げるのは、クラスでも随一の“可愛さ”を誇る女子――小早川美結。


 そしてそれに返すのは、筋肉を褒められた男子たち。


 みんな、“可愛い”小早川美結をこぞって褒め称えていた。


「いや、でも俺たちの筋肉より美結の可愛さのほうがヤバイだろ」


「そうそう。そこらのアイドルの五倍は可愛いんじゃね?」


「それはマジ。目もマジでデカくて、自撮りで盛りが必要ねーじゃん。天然でそれはヤバイって」


 ――正直言って関わりたくはないタイプの集団ではある。


 ただ、実を言えば、この集団の和に私が入ることこそ、先生の頼みでもあった。


 だから私は後悔していたのだが、意を決しなければならない。


 私は自分の席を立った。


「小早川さん、ちょっといいかしら? 話があるんだけれど……」


 私は、男子たちの隙間から小早川美結に声をかける。


 それは、クラス委員長として、できる限り優しい声掛けを心がけたのだが、


「んぁ?」


 私と目を合わせた小早川美結は、目を細め、低く小さな声でそれだけ言った。


 ついさっきまでの“可愛さ”は一切ない。


 男子たちの顔にも緊張が走っていた。


 覚悟していたことだが、私はつい気圧され、「えっと……」と言葉に詰まってしまう。


 すると小早川美結は、「あ? なに? あなたが話しかけてきたんでしょう?」とさらに圧をかけてくる。


 それに私も、さらに気圧されるが、同時に内心では舌打ちをしていた。


 ――やっぱり、――これだ。


 これが先生から頼まれた問題であった。


 この小早川美結という女は、男子たちへは“可愛さ”を徹底的に振りまくが、それ以外――女には無愛想な態度を取る。


 当然、クラスの女子のほぼ全員が小早川美結を嫌っていて、このままではイジメなどの大きな問題に発展しかねない状況だった。


 そこで先生は、ことが小さな話であるうちに片付けようと、問題解決を私に託し、私は渋々ながらもさっそく小早川美結に声をかけたのだが、


「なに黙ってんの? 用事がないなら声かけないでよ」


 小早川美結の態度は、相変わらず敵対的だ。


 こっちはボランティアで動いているというのに。


 私まで敵対的な態度を取りたくなるが、私は努めて柔らかな微笑を作ってみせる。


 攻めるポイント――作戦はもう決まっているのだ。


「あのね、修学旅行の件なんだけど、小早川さんはまだグループ決まってないでしょ? どうするのかなって思って……」


 そう。修学旅行についての話題である。


 修学旅行の事務的な話題なら、例え話し相手が嫌いな人物でもしばらくは保つ。


 そして、その事務的な話の最中に、少しずつ世間話を織り交ぜ、自然と友好を深める。


 それが、誰にも逃れられない私の社交術だ。


 なので当然、


「……あぁ、その話ね……。――――」


 私の問いに、小早川美結は考える素振りを見せた。


 すべて私の手のひらの上だ――、と思ったのだが、


「後で決めるわ」


 私の手のひらから、小早川美結はあっという間に飛び降りた。


「あ、いや、でも、早めに決めないと先生たちも困るし……」


 慌てて私は口を開く。


 だが、


「じゃあハヤト君のグループに入って――」


「ダメに決まってるでしょ!」


 私は声を上げる。


 先程まで自分の顔に貼り付けていたはずの柔らかな微笑が一気に剥がれ落ちてしまった。


 私はまた内心で舌打ちをして、ハヤト君が嬉しそうな顔をしたのでひと睨みしてやった。


「自由行動時ならともかく、同じグループの人は同じ部屋に泊まるんだから、男女で一緒はナシ。絶対ナシです。小早川さんには女子と同じグループになってもらいます」


 私は敬語をあえて使い、自分の苛立ちを表明する。


 しかし、小早川美結は私の気持ちなど意に介さず、いかにも不服そうな顔をする。


 私は、こいつは本当に男好き――あるいは女嫌いなんだと再認識する。


 こんなのと話していたら身が持たない。


 私はさっさと話を切り上げるため、できれば使いたくなかった手に出る。


「どうしても決まらないなら、私のグループに入ってもらいますけど、いいですか?」


 実は、先生の頼みで最初に言われたのが、この提案だった。


 もちろん、これが実現すれば、せっかくの楽しい修学旅行が台無しということが決定する。


 しかし、他のグループにこの面倒事を押し付けても、結局なにか問題が起きそうでもある。


 だったら、自分のグループに入れつつも、夜以外は男子のもとへ放逐する。


 そうすれば私への負担は最低限になるだろう。


 また提案を拒否されたとしても、それなら他のグループのどれかへと強制的に入れる口実になる。


 ところが、だ。


 小早川美結は、また不服そうな、しかめっ面をした。


「えぇ? 委員長と同じグループ?」


「………………私と同じが嫌だったら、佐藤さんか五十嵐さんたちのグループになるけど? 佐藤さんも五十嵐さんも、小早川さんのこと好きかどうか分からないけど――」


 私は、知らず足先で貧乏ゆすりを始めていた。


 声は意識的に低くした。


 すると、周りの男子たちが不穏な空気を感じ取ったのか、口を挟んできた。


「いいんじゃないか? 委員長と同じグループで」


「そうそう。委員長って気使うの上手だし、頭もいいし」


「それはマジ。俺、体育祭実行委員のとき、委員長に助けられたし」


 さすがに普段から人を褒めてばかりの連中なだけあって、それなりの褒め上手だ。


 ただ、現状の私にその程度の褒め言葉では、火に油でしかないが。


 しかし、小早川美結は小さく頷いた。


「みんながそう言うなら――」


 小早川美結は男子に向けてわずかな“可愛さ”を見せると、流れで私を見た。


 ただひたすらに黙って。


 あとは任せた、やっとけ、――ということだろう。


「あ――えっと、委員長、よろしくな」


 また男子がフォローする。


 本当だったら、この男子にも一発平手でも食らわせてやりたい気分である。


「それじゃあ、修学旅行では、よろしく、ね? 私は、今から、先生に、報告しに、行くから」


 私は重々しく言うと、教室を後にした。


 なんだか、私が敗北撤退するみたいで、これも腹が立つが、プリントを先生に提出するのは私なので仕方がない。


 それに修学旅行では長時間一緒にいざるをえないので、今のうちにその期間は短くしておきたかった。


 しかし、そこではたと気づく。


 ――提出するプリント、忘れた。


 これは自分のミスであったが、小早川美結への苛立ちが心のなかでまた湧いた。


 私は大きく舌打ちをして、教室へUターンする。


 教室では小早川美結を視界に入れないよう、その声を無意味に聞かないようにしようと考える。


 ただ、教室が近づいてきたところで、とある声が聞こえてきた。


 “可愛い”声ではない。


 男子による賛辞でもない。


 誰かが泣いている、嗚咽による声だった。


 性別は女子らしいけれど、教室に残っていた女子は小早川美結以外に誰がいたか。


 私が教室を出て数十秒の間に何が起きたのか。


 あるいはクラス委員長の出番かもしれないが、まず私は恐る恐る教室を覗いた。


 すると、そこで泣いていたのは、教室の後ろのほうで、男子たちに囲われている女子――小早川美結だった。


「え?」


 私は思わず口に出す。


 いつもはあんなに“可愛い”、あるいは無愛想な顔をしているのに、今は顔をぐしゃぐしゃにして、子供のように泣いていた。


 ひょっとして、先程のことで男子が小早川美結に注意したのかとも思ったが、どうにもそういう雰囲気ではない。


 あまりのことに私は混乱するが、嗚咽まじり語る小早川美結の言葉にさらに驚く。


「――ぁ――っ――、委員長と――木村さんと――同じ、グループ――うれ、しいよぉ――」


 小早川美結は、声を絶え絶えにして言った。


 その言葉に、嘘など微塵も感じられない。


 そして、それに応える男子たちは、


「やったな! でも油断は禁物だぜ!」


「俺たちにしていたべた褒めの練習を、修学旅行でこそ実践に移すときだぜ!」


「がんばれよ! サポートが必要なら、いつでも言ってくれ!」


 相変わらず小早川美結にポジティブなことを言うが、いつもの賛辞ではない。


 ただ、小早川美結は、


「でも――私――また木村さんに――酷い態度――とっちゃって――」


 そう言って、それにまた男子たちは、


「大丈夫だって! ちゃんと事情を話せば分かってくれるって!」


「そうだよ! それに好きな子を前にしたら緊張するなんて、誰だって経験することだし!」


「ずっと委員長に片思いしてきたんだろ!? だから他の女子には、あえて冷たく当たってきたんだろ!? ちょっとしたことで諦めんなよ!」


 みんな力強く小早川美結を励ましていた。


 すると小早川美結は、


「うん――、みんな、ありがとう――――。私、修学旅行で、木村さんに告白する――」


 高らかに、両手の拳を握りしめて宣言した。


 それに男子たちは「おお」と声を上げ、さらに「応援してるぜ」などと叱咤激励が飛び交った。


 一方、それら一連の会話を聞いた私は、教室を後にすると、足早にトイレへと駆け込んだ。


 そして、たったいま聞いたばかりの小早川美結の言葉と、その顔を思い出す。


 ぐしゃぐしゃな顔ではあったが、それが本当の顔なのだろう。


 ある意味では、めちゃくちゃ“可愛い”ものだった。


 可愛いかった。


「あれは、ズルいでしょ――」


 私は顔を両手で抑えつけ、一人で悶絶していた。


 あんな可愛い子と、修学旅行ずっと過ごさなきゃならないのか――。

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男と女で態度が変わる女『百合ぽい』 赤木入伽 @akagi-iruka

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