第2章 第16部 第3話

 場所は一転――――。

 

 津々と雪は降り積もる。止むこと無く降り続く。そんな白銀の山中に一代のワンボックスが、とある屋敷に到着していた。

 場所は菱家であり、車は藤のものだ。

 

 彼は以前炎弥達と鍋を囲んだ部屋に通されていた。


 「大層なお品を頂きまして……」


 藤を部屋に通したお竹は、丁寧に三つ指を突き、深く彼に頭を下げる。


 「そんな……先日のお礼に参ったまでです。お屋敷を負かされるほどの方に、それほど深く頭を下げられては、逆に申し訳なくなってしまいます」


 藤はお竹の方に両手を添えて、そっとその痩身をゆっくりと起こすのだった。


 「しかし、当主様がおいででないのは、少々間が悪かったですね」


 抑もそれは大地の指示である。そして大地がそんなミスをするはずがないと、藤は思うのであるが、お竹を前にして、それを口にすることはない。


 当然お竹もそれを知っているはずであり、これはそのタイミングでの話なのだと、すぐに理解する。


 よって、以前二人が何やらを話し合っていた事を思い出し、どうやら此は二人の計略であるという結論に達する。


 だが、当然そうだと解っていながらも、足早に帰るほど、藤は失礼な男ではない。


 当然招かれたのは土産ではなく、自分である事も理解する。要するに土産などその口実に過ぎないのだ。


 「御婆様!A5ランクって書いてましたよ!」


 慌ただしく、走り込んできたのは小梅である。そして、藤を見かけると、客人が来ていたことを思い出し、思わず騒がしく埃を立てた自分の行儀の悪さに、はっとして口を押さえるのである。


 まだまだ、修行が足りないと、お竹は思わず、ため息をつく。


 確かに食に窮しているわけではないが、特別に上等な食事ばかりをしている菱家ではない。比較的に良い食生活を営んでいるが、それでも始末すべき所は、確りとして行くのがお竹の方針である。


 自分と小梅だけの時だけとなれば、尚更のことだ。


 「若様達が戻っておいでになるまで、駄目ですよ?」


 「そ……それは、解ってますけど……」


 「でも、あまり寝かせすぎる事も出来ませんよ?」


 「ふむ……」


 お竹は悩む。恐らくここ数日が頃合いの鮮度なのだろうと――。であるなら、炎弥達が戻るかどうかが、その瀬戸際になるに違いない。


 お竹も仕掛け人であるがゆえに、その意図理解する。

 

 お竹は少し席を外し、再び戻って来る。


 「若様から、許諾を得ました」


 「やった!すき焼き!」


 思わず小梅が小躍りをしてしまう。そしてそんな自分に気がつき、再び小さく縮こまってしまうのである。当然お竹の厳しい視線が彼女に突き刺さるのだ。


 勿論それは、お肉に喜んでいることに対しての事ではなく、客人の前で現金にはしゃぐ姿を見てのことだ。


 「それでは、お茶も頂きましたし、僕のお役目はこれで……」


 「あの……お客様それが……ですね」


 小梅がモジモジとし始める。それは藤を意識してのことではなく、当然現金に喜んだ自分を恥じてのことだ。


 「ん?」


 小梅は、藤とお竹と共に、車の止まっている玄関先へと移動するのだった。


 すると、確かにそれまで津々と降り注いでいた雪ではあったのだが、いつの間にか途切れぬほどに、より深く視界も通さぬほどに、雪が振っており、藤の車もタイヤが雪に埋もれてしいそうになっている。


 ほんの十数分の出来事だというのに、まさかそれほどになってしまうとは、思いも寄らぬ事だった。


 「これは……」


 それは余りに都合の良すぎる出来事ではないのか?と藤は思ったのだが、これでは車を出すことが出来ない。


 「火縄さんがいらっしゃれば、このあたりの雪を溶かしてもらえるのですが……」


 「ああ……」


 藤は納得する。今はこの場所にはお竹と小梅しかいない。そして二人とも火の能力者ではないのだろう。


 二人とも、余り深刻な表情にならないのは、この季節に備え、食料の備蓄などは十分にあるからなのだろう。


 「困りましたね……」


 自分にも予定はある。とはいうものの、それほど重要な予定があるわけではない。強いて言えば、高峯家に顔を出せなくなる可能性だけだ。


 ヘリで迎えに来てもらう事も可能だが、それはそれで忙しなくも感じる。それでは出迎えてくれた二人に対して、あまりに失礼では無いか?とも思うのである。


 とはいうものの、失礼に当たるのはお竹にたいしてなのだろうが……。


 「では済みませんが、少々電気をお借りいただけますか?流石に課題なども熟しておきたいので……」


 「それは構いませんが……」


 お竹にはピンとこなかった。


 藤は、ノートPCを小脇に抱え、再び小梅たちと屋内に戻るのだった。


 「すみません。大学の課題も熟さなければなりませんので……。此でも学生なんですよ?」


 それに関しては、誰も指摘などしていないのだが、落ち着いた雰囲気のある藤であるならば、社会人と見間違われても、致し方ない事も確かで、和服で落ち着いて、茶なども召していれば、どこかの御曹司か?と、見間違われても仕方の無いくらいには、風格のある青年である。


 「それでは、夕飯の支度を致します。小梅を側につけさせますので、何なりと申しつけください」


 お竹はそう言うと、堀炬燵のある客間を後にするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る