第2章 第16部

第2章 第16部 第1話

 翌日昼前、鋭児は彼の地元で待つ焔達の所へ向かうことにした。昨年の正月はアリスと美箏と過ごすした。吹雪は天聖家、焔は彼女自身の事を含め、共にその時間を過ごすことが出来なかった。


 炎弥と過ごす時間も惜しかったが、彼女には彼女の家族が居る。今はまだ同じ時間を過ごすには、互いに成すべき事が多すぎる。


 旅館前で見送られ、鋭児は旅館の送迎バスに乗って、旅館を後にする。

 

 鋭児を見送ったのは、卑弥呼を含め、聖達も同じだった。


 天聖家と菱家が並んで鋭児を見送るという、数ヶ月前では考えられない光景であった。炎弥と芹花の関係は良好であるため、双方緊張する様子があるわけではない。


 尤も黒羽だけは若干居心地が悪かった。いくら卑弥呼からの許しを得たとしても、一番深く関わったのは彼なのだ。


 「さて、快晴君だったね。炎皇からは、一応の話は聞いている」


 聖は快晴に握手を求め、彼はそれに応じる。その時聖の顔には、安堵の色が垣間見えていた。彼にとっては漸くそこに辿り着いたといった所だ。


 いくら存在を知り得ていたとしても、切っ掛けと道理がなければ、その運命を引き寄せることは出来ない。また同時に、これは引き寄せられた運命でもある。そして必然でもあるのだ。


 ただ人は時折その運命をと必然を、その手から逃す事がある。何に間を挿したのか、神の悪戯か、目を話す事が許されない。


 怠慢は決して許されないのだ。

 

 そういう意味では、彼等が学園に修学するまでは、まだまだ油断ならないともいえる。

 

 とはいうものの、快晴達の正月はほぼ、旅館の手伝いに終始する事となる。


 風林火山の一行は、其れこそ昼夜を問わず、酒を飲み肴を摘まみ、気が向いては温泉に入り、雪景色を堪能し、非常に怠惰に過ごしていた。

 

 その中で、女同士の付き合いというのもある。それはそんな一コマの事だった。


 そしてそれは卑弥呼主催の女子会でもあった。


 一同としては、卑弥呼、芹花、みどり、炎弥、依沢という面々だ。依沢は基本的に炎弥の付き添いといったところだ。

 

 依沢は、タオル一枚の姿で、義手義足を外している炎弥を抱えて、彼女の世話を一通りすると、彼女を緑に任せて、自分の身体を洗い、そして漸く合流となる。

 

 「今日はお招き有り難うございます」


 「いえ……一度こういうのをやってみたかったんです。ほ……本当は、カイくんも一緒だたら……いいなぁ……なんて」


 卑弥呼はボソボソとそう言うが、流石に緑と自分以外の女性を、彼の前にさらけ出すのは、気が引ける様子だった。


 「へー……」


 冷たい芹花の視線が卑弥呼に飛ぶ。


 「じゃぁボクも黒野君がいてほしかったなー……」


 と、炎弥も負けず劣らずである。ただその中で、誰もが注目したのは、卑弥呼の左胸にある鳳凰の痣である。だれもが、卑弥呼の妄想が止まらない一瞬の間のことであったため、彼女が其れを悟ることはなかった。


 「でしたら、若も彼について行ってもよかったんですよ?」


 「そ……其れは駄目だよ。一家団欒なんだから……」


 明らかに躊躇いがあった炎弥の一言であったが、正月は菱家一同で過ごすと決めていた。顔を赤くしてブツブツと呟いている彼女に、一同は思わずクスリと笑いたくなる。

 

 「ところでぇ、お客様と黒野の兄さんとの、馴れ初めってぇ、どんな感じだったんですかぁ?」

 

 明らかに自分の家族と鋭児という人間のなかで、揺れ動いている炎弥の隙をみどりは見逃さない。妙にクネクネとしながら、炎弥に詰め寄るみどりが其処にいた。下からのぞき込むその出歯亀っぷりが、何とも彼女らしい。

 

 「え?ああ、ボクと黒野君の?」


 炎弥は一瞬はっとしながらも、現実に引き戻され、再度二人の思い出に耽るのである。其れはまるで、野いちごを一粒ずつ味わうかの如く、甘酸っぱい味わいである。

 

 炎弥は、この旅館より三十分ほど先にある市街地の駅前ロータリーで立ち寄ったコンビニでの、馴れ初めをモジモジとしながら話し始める。


 コンビニで小銭がなく、季節のスイーツを傲ってもらったこと。


 そしてその頃はまだ自分の顔に、神経から来るひきつけの症状があった事も話す事になるのだが、炎弥としては、鋭児の手確りとした手が、自分の頬に振れ、耳元で祝詞を囁く鋭児の吐息に、すっかり絆されてしまった事をモジモジとしながら語る。


 「ほうほう」


 一見して、余りに単純に思えるが、自分が長年煩ってきた悩みの一つを其れで解決してしまったのだ。何よりそうして触れられている時の安心感は、今でも忘れられない。


 自分を労る鋭児の手の感触は、今でもその頬に確りと残っている。


 そして、触れられる度に、身体のを縛る楔が一つ一つ、外されている気がしてならないのだ。それほど鋭児に触れられた後は、体調が良い。そして其れが維持されている。


 「この目も……」


 炎弥には其れが感慨深くてならない。二度と光を得る事の出来ないと思っていたその目に、再びこうして、美しい景色を映してくれているのだ。

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