第2章 第15部 最終話

 抑も、快晴とみどりしかいないのである。よって相手はみどりだけとなり、その攻撃はどうしても、安直なものとなりがちでである。


 鋭児は躱すということはせず、全てその手で受けている。蹴りを含めて徹底的に受けるのだ。


 そして少しずつ快晴に対して拳を出し始める。受け、躱し、全てにおいて、反撃を入れていくのである。


 最初は快晴の速度に合わせて、拳を振るっていたのだが、最後には数発叩いては、快晴の顔面に正確な寸止めを入れる。蹴りは出ていない。


 「もういっちょ」


 其れは鋭児から言い出した言葉だ。みどりの事もある、快晴のペースで物事を進められないのだ。そして煌壮のように日々の中で時間を割くことも出来ない。


 快晴は通常の肉弾戦の中でも、鋭児との力に圧倒的な差を感じ始める。


 「聖の能力者ってのは、基本加護によって、事故の身体能力を上げることでしか戦えない。本来戦闘向けじゃない。護るための力だ。切り込むのは炎や風の能力者の仕事なんだよ。だから、旦那は兄チャンの基本的な戦闘能力と、上がどこかってのを教えてんだな。つまり、そこに進めってことなんさ」


 火縄がみどりと、卑弥呼に今の快晴そしてみどりの立ち位置を説明する。


 実力差はあるが、風林火山の一角という立場に立つ火縄には其れがよく解った。


 大人になった今でも、戦闘に関しては、炎弥に指導を仰ぐ立場の火縄であるため、その光景を自分に重ねてしまいたくなる。


 「つぎみどり!」


 「あ!はい!」


 みどりは、緊張した様子で姿勢を正し向かい始め、其れと同時に快晴が難しい顔をしながら、卑弥呼の位置にまで戻ってくる。

 

 そして、鋭児が行うことは緑と同じ事だった。気歩的に戦えなければ、能力そのものが宝の持ち腐れとなってしまう。


 学園では、小等部、中等部と、基本的な訓練を踏まえて、能力の基礎を叩き込まれる。よって彼等は能力にかまけていると言っても、抑もの自力は快晴達とは異なるのだ。


 特に緑は、普通の女の子が、能力を身につけているに等しい。


 戦闘と切り離されたところで、能力を使おうとしている。つまり、身体的な攻守の中で、能力を活かしているわけではないのだ。その不連続性が、彼女の弱点であり、改善点である。


 だがどのみち、それぞれを鍛える必要がある。


 快晴も守備的な能力となるが、それでも身体的な速度の関係で、より前に出るのは快晴にならざるを得ないだろう。


 二人がツーマンセルを組むにあたり、守備的布陣と攻撃的布陣で、そのポジションが入れ替わる事も踏まえて、鋭児はみどりの指導を行う。


 そしてみどりには、より守備的な行動を促すように、攻め手を厳しくする。

 

 そして、ふたりとって長いようで短い指導の時間が終わる。


 「んじゃ、俺も若干旦那とやってくるかな」

 

 そして火縄が鋭児の前にやってくると、素早く構える。


 そこには緩慢さはない。当然藤とやり合うのほどの彼なのだから、単純さはあってもそこに甘えはない。そして環境も手加減も気にする必要の無い一対一の戦いというのなら、より鋭児に対して、アグレッシブに向かう事が出来る。

 

 鋭児はまず、照ってきて気に素早く切り込む火縄の拳を、徹底的に受ける。躱す事はない。そうする必要が無いと言いたいからだ。勿論それは火縄も解っている。皇となった鋭児の実力に対して、自分が通じるとも思っていない。


 それでも、快晴やみどりが見せる緩慢さとは、全く異なる素早さである。

 

 「黒野の兄さん、余裕だなぁ」


 「うん」

 

 それでも火縄が嫌にならないのは、鋭児が決して彼を見下していないからだ。互いの立ち位置が十分に解った上で、快晴とみどりに見せるための、咬ませ役を買ってくれているのだ。これは彼なりの詫びというわけである。

 

 そして最後には、キレのある回し蹴りが、火縄のこめかみで寸止めされ、勝敗の決定が成される。確かにもう十分だろうと、火縄も思っていた頃だ。

 

 「いやぁ強い強い!こんなのがゴロゴロいるんじゃぁ、ガチンコでオレ等は勝てないな」

 

 そして、もう一つ彼の中で腑に落ちるものがあった。いい汗を掻くというレベルのもではあったが、其れは十分に確認できるものだった。

 

 「快晴もみどりも、一日三十分。寝る前でも朝でもいいから、座禅組んで、気の集中とコントロールしっかりな。まぁやってるんだろうけど、出来たらいまの緊張感も加えて行ってほしい。イメージトレーニングもね」

 

 それは今火縄と行った模擬戦も含めてのことだ。

 

 快晴の中では、まだ靄がハッキリ取れたわけではない。何故なら勝ちに繋がる実感がないからだ。ただただ現実を突きつけられているように思えてならない。


 みどりは、その性分のためか、けろりとしている。そして快晴についても余り心配はしていない。何故なら最終的に彼は、自分の進むべき道に進む事を知っているからだ。


 鋭児はそれに、改めて覚悟をさせただけに過ぎない。


 そして、最も高い指標を得た。収穫は十分にある。

 

 「黒野くーん!」

 

 その頃、炎弥が目を覚ましたのだろう。小走りに慌てながら、軍服のボタンを掛け違え、軍帽も漸く頭に乗った状態で、蹌踉けながらやってくる。

 

 「危ない危ない!」

 

 火縄が慌てて駆け寄る。

 

 「ととと……」

 

 そして、火縄の前で炎弥は本当に転びそうになる。


 「酷いよ!起こしてよ!」


 「はは。良い睡眠取れた?」

 

 鋭児は、炎弥のそれには応えず、ただクスクスと笑うだけである。

 

 「あ?あ、うん。まだ眠いけど……うん」

 

 一時間ほどのやり取りではある。それでも炎弥はその間に深い眠りについていた事を改めて知る。勿論普段も熟睡できていないわけではないが、目が覚め始めるにつれ、背中や腰がスッキリとしているのが解る。

 

 「んじゃ、身体も冷える事だし。中に入りましょうや!」


 「ああ、そうしよう」


 「ええ!?なんか、ボクだけ仲間はずれにして、ズルイよ!」


 「はは。大将はいまから、旦那とイチャイチャすれば良いじゃないですか。汗もかいたことですし!」


 「そ……それは。うん……」


 炎弥は否定しなかった。鋭児と二人での温泉入浴タイムを想像してしまったのだ。そして何故か全身を洗われているのは自分である。

 

 そして、それを想像した卑弥呼は、目をキラキラと輝かせてしまっている。


 「はは。ミコちゃん、すっかり先生の影響下だね」

 

 途端に賑やかになってしまう。そんな騒がしさに、快晴も思わずクスリと笑いたくなってしまい、一同はその空気のまま、宿に戻ることにするのであった。

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