第2章 第15部 第23話

 「まぁいいや。快晴この人に手こずったんだろ?」


 「……はい」


 それに対しても、憮然としたへんじをする快晴だった。あれほど悔しく無力感を感じたことはない。だからこそ、力を付けたいと思ったのだ。


 本来今すぐにでも飛び込みたくはあったのだが、此方でのケジメを一通りつけたくもあったのだ。いわゆる節目というやつである。

 

 「実際。この人強いと思うよ。お前が弱い訳じゃない……けど、圧倒的に経験値不足だもんな。どうしようも無いよ」

 

 経験値不足という言葉に対しては、鋭児にも響く言葉ではある。


 ポテンシャルは誰もが認める所ではあるのだが、どうしても能力との付き合いの浅い鋭児は、それに対して気が抜ける部分があるのだ。


 どうしても意識せざるを得ないのである。快晴に向けたような言葉だが、其れは内心自分に向いていた。

 

 

 「でもまぁ、まだ十代っしょ?覚醒してんだし、揉まれりゃ、どうにかなるって。身体は自然に着いてくる。俺なんてアラサーなせいか、最近どうも……」


 火縄はやんちゃそうな風貌をしているが、確かに若いとは言えない。彼の軽い性格が其れを感じさせないだけで、矢張り能力者でもそういうことは、思う事なのだろうかと鋭児は思う。

 

 「でも、旦那殺しちゃうんじゃないですか?」


 「まさか……」

 

 火縄には焔戦と先日行われた炎弥戦での鋭児の姿しか知らない。しかも炎弥の義足での蹴りを打ち砕くほどの力である。


 何よりあの鳳輪脚だ。あんな技を食らっては一溜まりもない。あれは炎弥であればこそ防ぎ切れた技だと言っても良い。

 

 そして外へ出て、従業員向けの駐車場へとやってくる。


 業務中は、あまり人気の無い場所となっており、旅館の表からは死角となっている。

 

 足下には、雪が踏み固められており、尚踏みしめると、ギュッっと音が鳴る。どの当たりまでが境界線かは解り兼ねるが、タイヤで出来た轍が、より不整地となっている。

 

 鋭児はそんな雪の中にしゃがみ込み、しばらくなにか呪文を唱えている。


 本来格闘バカと言っても良い火の属性である者が、陰陽の能力者のように言葉を力に換えることは珍しい光景だ。

 

 「本来兄チャンの力ってのはああいう感じに使うんだよ。しかし旦那様は器用だねぇ。関心関心……」


 これではますます炎弥との将来が楽しみではないか?と、火縄は頷いてしまうのである。


 「快晴、ミコちゃん抱えてて……」


 「え?あ……はい……」


 快晴は若干戸惑いながらも、卑弥呼と視線を合わせる。何かをするのだろうということは、卑弥呼も悟り、そして馴染んだように、快晴のお姫様抱っこに収まるのである。


 「っへぇ……」


 これは察していたことだが、卑弥呼が満更ではないのだ。


 天女と言われる彼女が、一塊の野良能力者との道ならぬ関係ということに、火縄はニヤニヤとする。


 「んだよ……」


 「いやぁ……べっつにぃ……」

 

 火縄は、大人の意地悪からくるニヤついた笑みを、快晴に向ける。既にみどりという相棒がいながらも、なおもう一人抱えているというのは、なかなかの器だと、関心するのだ。

 

 「炎皇拳……」


 鋭児はぼそりと呟くようにして、拳を作り、先ほど地面に不意込んでいた地面の上に、再び拳を突き立てるのだった。

 

 すると、周囲一帯の雪が、見る見る溶解してゆくのである。どれだけの熱量なのだと、快晴は驚くが、火縄は取り立てて此を不思議には思わなかった。

 その為の呪文である。

 

 「黒野の兄さんは何でもあり……ですね」

 

 すっかり、足下に見えるアスファルトに、みどりは驚きを隠せない。当然快晴も卑弥呼も開いた口が塞がらなくなってしまっている。

 

 「アレが頂点極めて尚発展途上である旦那の恐ろしさ……ってとこかね。と、まぁ俺も映像でしか見てないんだけどさ」

 

 「あの……カイくん……、もう下ろしてくれても……」


 「あ、うん」

 

 抑も快晴が鋭児に向かわないと始まらない話である。

 

 「別に派手な技ぶっ放そうって訳じゃないから安心して」


 鋭児は少し距離を開けると、構えも取らず、真っ直ぐに立ち快晴を待つのだ。そして快晴はコクリと頷き、対等に古武井を交わせる位置にまでやってくる。


 すると鋭児はすっと腰を落とし、戦う構えを取る。

 落ち着きのある隙の無い構えだ。其れを見よう見まねで快晴も構える。


 「いいよ。打ってきて」


 鋭児のその言葉を合図に、快晴は通常の打撃に入る。勿論それには加護が加えられており、十分通常の攻撃よりは、速度も破壊力もある。


 ただ能力者の攻撃としては、ごくごく当たり前のものだ。

 

 それでもあれから少しは訓練に身を入れていたようで、火縄が見た頃の快晴と比べ、それなりの向上が見られる。


 ただ、鋭児自身は快晴と戦った事は無く、その進捗が解るわけではない。


 この中で唯一其れが解るのは火縄である。


 「ありゃ、相手不足だなぁ」


 「はは……」


 これに対しては、緑も苦笑いをするしかない。

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