第2章 第15部 第22話

 それでも、彼女のメンテナンスが終わるわけではなく、鋭児が若干ぐいっと押し込むと、背骨全体が、連鎖反応を起こしたように、ボキボキと音を立てる。


 「う……」


 「ゴメンゴメン。ちょっと姿勢整えたから……」


 「もう……」

 

 それでも、炎弥は再び眠りにつくのであった。

 

 「俺はこの旅館の将来に若干不安を感じるよ」


 炎弥が眠ると同時に、鋭児は深いため息をつく。


 すると、ヘラヘラと笑いながら、申し訳なさそうなみどりと、それに連れられた卑弥呼が入ってくるのである。となると、恐らく快晴も居るのだろうが、それでも流石に二人ほどの出歯亀根性はないようだ。


 「いやぁ黒野の兄さんの両刀遣いぶりをですねぇ」


 「ボクは乙女だ……むにゃ……」


 炎弥はみどりの視線の意味を察したのだろう。若干寝言気味にそれを口にする。


 「女の子」


 「え?」


 「炎弥は女だよ……」


 「ええええええ!」


 それは、恐らくみどりの期待を大きく裏切ったに違いない。そして恐らく卑弥呼はその誤解をといていないのだろう。いや、その方が彼女自身もワクワク出来るのだと言うことを、鋭児は知る。


 「後で、芹花さんにちゃんと言っておくよ」


 「え!炎皇殿!それは背信行為と言うものでは!?」


 卑弥呼は大慌てをする。芹花は若き卑弥呼にも容赦ない。彼女は立派な教育係でもあるわけだ。ただ、その慌てぶりが余りに面白く、鋭児はクスクスと笑い出してしまう。


 「ところで黒野の兄さん……これ……」


 みどりは、布団の横に丁寧に並べられている其れを指す。そして、腕枕をしてスヤスヤと寝息を立てている炎弥の左手を見る。


 「ああうん」


 やはりと言うべきなのだが、みどりの所にまでは、自分達の結末は届いていないらしい。炎弥がこれほどハンディキャップを抱えながら、あれほどの戦いをするのだと思うと、鋭児は炎弥を称えずにはいられない。


 目を細めて、彼女の頭を撫でる。


 だからこそ、より思うことがある。


 「ちょっと時間があるんだ。稽古付けるよ。学園に来る気にはなってるんだろ?」


 そう言うと、緑はコクリと頷く。勿論彼女のそれは、快晴の代返でもある。

 

 それから鋭児は携帯電話を取る。


 「あ、岳獅さん?俺です鋭児です。炎弥が寝てしまったので、迎えに来てやってくれませんか?今からそちらに案内をよこしますので……はい」


 鋭児はそう言うと、みどりを見る。


 いくらこの日の上客であろうと、別館はあくまで東雲家専用の宿であるため、許可無く立ち入らせる訳にはゆかず、鋭児はその先導役をみどりに任せる事とにする。

 

 依沢を連れた岳獅に炎弥が運ばれるのを見送ると同時に、鋭児は二人……いや、卑弥呼を混ぜて三人を屋外に連れ出すことにする。


 そしれ其れをなにげに見つけたのが、火縄と黒羽である。いや正しくいうと、ロビーまで炎弥を迎えに来たということだ。


 岳獅に背負われた浴衣姿の炎弥と、風呂敷に包まれた義足と義手を手にした依沢が、彼等の所まで足を運ぶ。


 其れと同時に鋭児達一行が目に入るのだ。


 黒羽は卑弥呼を見ると、深く頭を下げ一礼をする。正しくは彼女の母に対しての礼なのだが、黒羽はあの一晩で、心が救われた気がしたのだ。そして、危うく手に掛けかけた卑弥呼に対して、謝意を示したかったのである。

 

 すると、卑弥呼はチョコチョコと、黒羽の方に駆け寄る。


 鋭児としては余り良い感情があるわけではないが、炎弥の手前、再び卑弥呼に手を掛けることなどないだろうとは思ってっていた。


 ただ、その視線は辛辣である。


 「母様が、心配していましたが、その後調子は如何ですか?」


 「はい。とても……穏やかに過ごせています」


 「そうですか。お辛いこともあったでしょうが、どうかお心を強く……」


 卑弥呼はそう言って黒羽の手を握るのである。恐らくそれは彼女の母の代弁でもあるのだろう。先ほどまで、からかわれていた彼女とは思えないほどの聖女ぶりを発揮するるのだ。敵味方分け隔て無くそして恐れず、堂々としている。


 其れがもう一人の彼女なのだろう。


 そう言われてしまうと、黒羽は救われた気持ちで、膝が崩れそうになってしまう。先だった妻と子の魂も報われた気がしたのだ。


 「其れでは……」


 卑弥呼は、静かに一歩引いて、黒羽に頭を下げ、黒羽もまた卑弥呼に頭を下げる。


 「所で旦那!どこへ行くんで?」


 快晴を連れている鋭児を見て、火縄は鼻を利かせて、それに興味を示す。


 鋭児は火縄の鍋料理を馳走になっているし、それほど悪印象はない。ただ、三人を怖がらせた事実はある。


 しかしながら、卑弥呼はけろりとしている。


 ただ、若干快晴とみどりは、彼を警戒していた。


 「その前に、此奴等に言うことないですか?」


 「っと、そうだった!あんときゃ悪かったな!ウチも手練れがほしかったし、あの時は旦那と敵対してたんで、お嬢ちゃんにも悪かったとは思うけど、それでもやっぱり優秀な手札は増やしておきたかったんだよ!今度、ウチに来たら、猪鍋ごちそうしてやるからさ!機嫌直せって」


 「俺、旅館の板長目指してるのにですか?」


 快晴は非常にぶっきらぼうな様子でそう答える。

 料理人を目指している自分に対して、素人料理を振る舞うと言われても、何の感激にも繋がらない。それなら材料だけを揃えてくれた方が余程マシだと快晴は思うのだった。


 「っとそうでした……」

 

 しかし、火縄は全く悪気のない様子だった。其れよりも何かイベントが起こるのだろうと、その気配だけが気になって仕方の無い様子だった。

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