第2章 第15部 第21話

 炎弥は白いキャミソールも脱ぎ、その背中が露わになる。彼女の背中にはフワリとした銀狼の尾がり、それは青白く灯る炎のようでもある。彼女の力を象徴する覚醒痣だ。締まりのある綺麗な背中だった。それだけ彼女の腰は、より不自由である下半身を支え続けなければならないという証でもある。


 真っ直ぐに立っているようでもあるが、矢張り少し体重が前掛かりであり、反り腰気味である。


 鋭児は炎弥の背中に振れ、ブラのホクを外すのである。

 

 「黒野君ちょっと上手過ぎない?」

 

 其れには頬を膨らませて、ヤキモチを妬く炎弥はあるが、そんな表情は見えるはずもなく、鋭児は若干困り気味になる。だが言われても仕方が無い経験はある。


 鋭児が浴衣を彼女の肩に掛けると、炎弥はベルトを外し、ズボンを脱ぎ一歩前に出る。

 炎弥は渡された帯を締め、その間に鋭児は彼女のズボンをタンスにしまうのだった。

 

 鋭児は隣接されている寝室の襖を開けると、布団は既に敷かれている。


 実は鋭児がやってきたときには既にそうなっていたのだが、何を想定してそうされているのかは、想像に難くはない。ただ恐らく相手が炎弥であるとは、流石に思ってはいないだろう。


 そこは、そこはかとなく暗黙の了解的なセッティングであるに違いない。であるなら、霞が普段この宿でどう振る舞っているのかが、分かりそうな物だろう。

 

 そして、少しトコが乱れていることから、先ほどまで鋭児がそこにいたことは、炎弥にも理解出来る。

 

 「ああ、ゴメン朝早くた叩き起こされて、ちょっと眠かったんだよ」

 

 鋭児は乱れた床が少々気になり、炎弥に若干言い訳をしてみる。


 「う……うん」

 

 つまり鋭児の温もりが僅かにでも残っている可能性があるということだ。


 炎弥はてくてくと、布団の上にまでやってくると、布団の上に一度仰向けに寝そべる。そして鋭児は炎弥の左腕、両足の義足を、順に外して行く。


 外すと言っても、気の力で粘着しているため、彼女が力を抜くとそれだけでするりと外れる便利な代物だ。


 鋭児は、布団の横に彼女の義手と義足を並べるが、炎弥はうつ伏せになろうとせず、リラックスしした表情で、両腕を伸ばす。

 

 「ん……」

 

 「って……」

 

 鋭児は最速染みたそれに、クスクスと笑うが、其れを無視擦ると、頬を膨らませる彼女の姿がすぐに想像でき、おかしくてクスクスと笑ってしまう。


 だが、自分が近づくまで、彼女も諦める気は無いだろう。


 鋭児は炎弥の上に跨がり四つん這いになり、互いの顔が正面に来る位置になると、炎弥は両腕を鋭児に絡め、自分に引き寄せる。

 

 「あーあ。ちゃんと左手があれば、ボクもギュッと出来るのになぁ」


 そう言うと少しだけ不服そうである。悲しくはあるが彼女には、さほど悲壮感はない。されど思い通りにならないのは事実だ。


 「これでいい?」


 鋭児はその分炎弥と身体を重ね、彼女の首の後ろに両手を回し、ギュッと抱き留めるのだった。

 

 「あは……黒野君の匂いだ……良い匂い……」

 

 そう言うと、炎弥は深呼吸をする。そして鋭児も、彼女が肺を一杯にするまで、呼吸をしては、息を吐く感触を触れあう身体で知る。


 「ほら……」


 炎弥の呼吸で肩口にくぐもった温もりを感じつつも、鋭児は炎弥から離れようとするが、彼女はギュッと抱きついたまま、離れようとしない。

 

 「ボクはこのままのほうが十分癒されるんだけどな……」

 「怪我をしてからじゃ俺が後悔するよ……」

 

 鋭児も本当は彼女の温もりが愛おしいのだと言わんばかりに、もう一度ギュッと抱きしめる。


 「ちゃんと時間つくってくれる?」


 「約束する……」


 「じゃぁ……」


 炎弥はそう言うと、名残惜しそうに腕を解き鋭児を解放し、彼が離れると彼女のはうつ伏せになるのだった。

 

 鋭児は早速彼女の背中を撫で始める。首筋から腰の付け根、太股の裏側と筋肉の張りを確かめるのだ。姿勢の崩れから来る、肩甲骨周りの張り具合いや、筋肉の柔軟性、姿勢のズレなどを丹念に確かめる。


 炎弥の下半身は下腿部の半ばから、切断されてしまっており、左右が対照的であるとわけではない。俄に左側の方が長い。


 それでも体幹の左右には余り狂いはなく、左右方向に関しては余り問題を感じない。


 ただ前後には問題があり、体重が前掛かりになりぎみで、ややつま先体重になっているためか、それが腰の反りになって現れている。


 自ずと其れは仙骨周辺の筋肉への負担となり、堅さと張りになって現れている。柔軟そうだが、それでもゆっくりと押し込むと、少し伸びが悪いのだ。


 女性の柔軟さで助けられているが、同時に男性の持つ剛性があるはずもなく、限界に到達したときには、大けがに繋がりかねない。


 「んん……良い気持ち……」


 「こういうのは、案外触られて解ることもあるから。回復はしても姿勢が戻るわけじゃないだろ?」


 「そうだね。寝ちゃいそう……」


 「寝て良いよ。元気だからって疲労がたまらないわけじゃないから。疲れに慣れるていうのが、一番悪い。自分の不具合に気がつきにくくなるから」


 「うん……黒野君も……ね……」


 炎弥はウトウトとしながら返事を返すと、ついには寝息を立てて、寝入ってしまった。

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