第2章 第15部 第20話

 本来なら、高校生の男女である二人に対して、そういう場を提供する訳にも行かないのだが、鋭児の身分などを踏まえ、其れは要らぬ世話である。


 彼が東雲家の、鼬鼠翔の右腕となる人物と知ってしまった以上、彼の扱いは主人格に等しくなる。しかも、霞からも事前に連絡が入っているため、尚のことだ。

 

 ご機嫌な炎弥は鋭児の腕に絡みながら、彼の宿泊する部屋へと向かうのであるが、女将もついてきている。


 「あの……コイツはですね……」


 「存じておりますよ」


 「ああ……」


 どうやら女将は炎弥が女性である事に気がついていたようだ。このあたりは、うかれているみどりとの観察眼の違いだろう。


 「黒野君もしばらくいるの?」


 「ゴメン俺は一泊だけなんだ。快晴とみどりの様子を見がてらね」


 「そっか……残念」


 炎弥はもう一度和やかな笑みを見せるが、言葉通り、明らかに残念さが窺える。彼女は自分の一言で、誰かを困らせることを十分に解っているのだ。だからこその作り笑いと言える。


 すると、それを悟った鋭児の目元は、なんとも寂しげになるのだ。当然炎弥もそれを知る。


 鋭児が気がかりなのは、矢張り年中仕事漬けになってしまっている千霧と、菱家の頭首である炎弥だ。二人に会う時間を作ることははやり中々難しい。


 千霧は、東雲家ということもあり、月に一度は合うが、炎弥は更に会う機会が少なくなる。その切なさが互いを見つめ合う時間を作る。


 そうして、再び部屋に到着することとなる。


 「失礼ですが、お客様足が不自由なのではありませんか?」


 部屋に入る前に、女将がどうしても其れが気になったのだろう。彼女から見て、炎弥の動作ははやりぎこちなかったのだ。それは女将として客の流れをよく見ている彼女だからこそ気がつけたことなのかもしれない。


 矢張り年期と経験が異なるということだ。


 「ああ……」


 鋭児がそう言うと、炎弥はコクリと頷く。


 「コイツ、両足とも義足なんですよ……ですので……」


 炎弥としては、余り他人に晒したくはない事実なのだ。彼女はそれでも前に歩くしかないと口にはするが、多感な少女がその身に負った傷としては、余りに大きい。


 「その……快晴とみどりなら、信用出来ますので。その……」


 「承知致しました」


 女将は、深く頭を下げる。


 すると、そんな会話を嗅ぎつけた卑弥呼が、ひょっこりと顔部屋から顔を出す。


 「炎弥さん!」


 「卑弥呼様?」


 「ここでは、ミコちゃんでお願いします」


 彼女はその愛称をとても気に入っているようだ。しかも自分で敬称を付けるありさまである。


 「ああ、ミコちゃんね!でも、どうして?」


 「ええ。炎皇殿に、少し世間知らずを指摘されて、今日はその社会勉強の一環ということで、此方に寄せさせて頂きました」


 「ああ、そうなんだ?一泊だけ?」


 「いえ。大晦日には戻りますが……あ、お二人の時間を邪魔してはだめですね」


 そう言って、卑弥呼もソワソワとした笑みを浮かべて、鋭児と炎弥の密着度を確認する。


 「ボク達は三泊四日の予定だから、芹花さんに連絡入れておくね!」


 「はい。それでは、また後ほど!」


 炎弥は鋭児と共に彼の部屋に入って行く。流石に二人の邪魔はしないようだ。


 「まぁ何だかんだと、芹花さんが気を利かせてくれたんだと思うよ」


 鋭児も焔も気を利かせたが、芹花も同じであり、要するに卑弥呼の幼なじみである二人と過ごす時間を少し作ろうと思ったのだ。


 快晴とみどりも手が空けば、恐らく卑弥呼の所へ顔を出しに来るだろう。正月には、卑弥呼にとって初の新春際が執り行われるが、これは恐らく儀式だけのものになるだろう。


 何せ、豊穣祭での出来事もある。寧ろその後の状況がこれであるため、恐らく警戒の必要もないのだろうが、芹花は其れを見世物にする気はないようだ。


 天聖家のみで、厳かに行われる事となるだろう。


 抑も元旦となれば、各家でそれぞれの顔合わせがある。其れを蔑ろにするわけにもいかず、新春際は、豊穣祭とくらべ、抑もが地味ではある。

 

 「快晴とみどりの時間が空けば少し稽古でも付けておきたかったんだけどな」


 「じゃぁあの子達に少し、時間を作らせましょうか?」


 「ええ……済みません」


 「それでは、またお声かけさせて頂きます」


 女将は鋭児と炎弥を部屋に案内し終えると、その場を後にするのである。


 「炎弥。腰見ておくよ。お前はどうしても、負担が掛かりやすいからさ」


 そう言って鋭児は、浴衣を片手に其れを炎弥にそういう。


 「あ……うん」


 要するに浴衣一枚になれということなのだが、それなら其れで甘えたくもある。ズルイ考えではあるが、義手と義足を外して、鋭児に着替えさせてもらうのだ。


 だが炎弥は手袋を外したときに一つ忘れていたことを思い出す。


 「そうだ!黒野君!見てみて!」


 炎弥は喜んで手袋を外して、自分の手を見せる。


 「ああ……そっか……良かった。連絡が無いから、こっちは上手くいってないんじゃないかって……」


 鋭児は炎弥の手をそっと取り、彼女の指先を確かめる。その指先にはちゃんと爪が生えており、その爪も綺麗な色合いをしている。歪みも歪みもない。栄養状態も悪くなく、つるりとした健康的な爪である。


 「ゴメンゴメン。それにしても、黒野君の力って本当に不思議だよね。やっぱり鳳凰は唯の火の化身て訳ではないのかもしれないね」


 「そうかも。でも大っぴらに知られていないのも解る気がするよ」


 「そう……だね」


 確かに、大きな損傷はどうにも出来ないのかも知れないが、自分の目も指先も彼に触れられ、再生している。


 「着せてくれると嬉しいな」


 炎弥は義手義足を外すことはしなかったが、背中を向けて上着を脱ぎ始める。鋭児は彼女の脱いだ上着やシャツをハンガーに掛け、備え付けのタンスに収め始める。

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