第2章 第15部 第18話
にしても、炎弥は美少年である。
見るからに、自分達と同年代かあるいは、少し年上であると言うことが窺える。勿論美少年に映るのは、彼女の事を彼女と知らないからであある。
あくまで一見してのそれであるため、少し至近距離で過ごせば、鋭児のような唐変木ぶりを発揮しない限り、女性の感を持ってすれば、それは割とすぐに解ってしまうのだが、矢張り一見してそんな風貌の炎弥であるため、みどりの勘違いも少しの間、解けることはなかった。
「ステキな宿だねぇ」
おかみと、みどり、そして快晴に連れられた風林火山の面々は、別館とはまた別に、上客用の棟に案内される。
別館とは別のそれは、別館と同じく平屋であり、個別に温泉が設けられており、本館を挟んで、別館の向かい側に立っている。
渡り廊下の向かい側に其れがあるものだから、炎弥はついそちらに目が向いてしまう。
なぜなら、別館は明らかに作りが一つ上質に思えたからだ。
「あちらは、別館となります」
「へぇ……あっちのほうが良かったなぁ」
「誠に申し訳ありませんが、あちらは昔から特別なお客様のためのものでして、一元様にはお貸しできないものとなっております」
おかみは振り返りながら、本当に申し訳なさそうに頭を下げるのである。
ただ、向こうも別館ならば、こちらもまた上客用の別館といってもよい。それこそ、食事も待遇も一つ違い、数日の宿泊だけでも、相当な宿泊費を要されるため、年中予約で埋まると言うことも無い。
ただ火縄が連絡をしたのならば、恐らく断られたであろうが、予約の手配をしてくれたのはお竹であり、そのそつの無さが、炎弥達の宿泊に繋がったといって良い。
火縄に対する快晴の警戒感から、女将は拒絶の姿勢も考えたが、炎弥の謝意がそれを押し止まらせたと言って良かった。
「まさか、火縄がこんな旅館見つけるとはねぇ……いいじゃない……」
黒羽は、上機嫌である。子の所沈みがちな彼であったが、話しに一つ区切りがつき、一つの安心材料を得たためか、その気持ちは少しずつ上向きになり始めていた。
炎弥は試合に負けはしたが、それでも良い収入を菱家に齎したため、財政の面においても、潤沢になり、当面家に関しては心配する事が減ったことも、その要因の一つである。
「まぁ、ボウズがやたら詳しかったし、ひょっとしたらって思ってよ。匂いってやっぱあるじゃん?」
火縄は自慢気に語が、快晴としては全く面白くない。
「んなツンケンすんなって。稽古だと思えばいいだろ?な?それに御姫ちゃんにも何もしないって。今や大将のダチみたいなもんだしさ!」
「ミコちゃ……の?」
「うん。まぁ……ね。友達というのは、大げさだけど、お互い信頼関係は築けたていると思う」
炎弥は照れくさそうにそういう。にしても、火縄のそれは盛りすぎた話だと思ったからだ。どちらかというと、芹花の方と連絡を取る事が多い。
炎弥のはにかみ笑いは、何とも爽やかで甘い。
みどりも快晴も、思わず見入ってしまう。勿論双方捉えた意味は全く違うが、思わずお互いを白い目で見てしまいたくなる。
「そういや、入り口あたりで御姫ちゃんの匂いがちょっとしたなぁ……残り香ってより、こう……真新しい感じの……」
火縄は本当に鼻が利く。
だが、いくら何でも近親感を持って、それに答える理由はない。客に対する守秘義務というものがある。敢えて此には無言で通すこととする。
そして、余り他人のプライバシーの匂いを嗅ぎすぎる火縄に対して、依沢の肘鉄が入るのだった。
「みんな今頃、ちゃんと旅館に着けたかな?」
「大丈夫でしょう。若が心配されるほどのことでもありませんよ」
そう言いつつ、依沢が携帯電話を確認しんがら、それぞれの行動をSNSで管理をしている。こういう所は、教員染みている、まるで修学旅行で各旅館に散らばった生徒を見守っているようだ。
「ええ?団体さんだったんですか?是非ウチの旅館にお泊まりになれば良かったのに……」
「いや。まぁ此処はちょっと離れてるし、ウチの連中も浮かれて騒がしいだろうからさ。それに、大将に伸び伸びしてもらいたくってさ……」
みどりのそれに、火縄が軽く応える。彼女はあくまで、商売上の社交辞令も兼ねてだが、火縄からは既に距離感というものはなくしていた。
年齢差は随分ある彼等だが、火縄はあまりそういうものを気にしない人間である。
妙になれたような二人の会話に、快晴が火縄を睨むが、火縄もその理由を知っているため、其れを悪くは思わない。何より火縄自身も、この先彼等に対して何かをする事もない。
「ああしまった。コンビニプリン買ってくれば良かったなぁ」
「若?」
旅館に到達して、妙に安心した炎弥だったが、流石に到着早々女将の前でその発言もないだろうと、将らしい振る舞いを、依沢に求められる。
「ええ?だって黒野君との思い出の味だよ?」
駅前でベンチに並び、鋭児に癒されたあの時のことを炎弥はついつい思い出してしまうのである。
「黒野の兄さん……ですか?」
「あ……そっか。黒野君もここにいたんだよね」
「ていうか、今日来てますよ?」
と、卑弥呼だけではなく鋭児という思わぬ共通の人物から、みどりはうっかりと、客のプライバシーを口走ってしまう。
いや、彼等が知人であるということと、会話の流れからすれば、それ自体は余り問題ないのかもしれないが、旅館の人間である自分がその信頼関係に置いて、把握しているわけではない。
みどりは思わず口を塞ぐ。
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