第2章 第15部 第17話
ただ呆然と、二人が抱き合う姿を見るばかりである。
みどりもやがて十分な抱擁を終えると、譲らねばならない相手がいることを思い出す。
「カイ君……ただいま?」
自分は再び此処に戻ってきたのだという、彼女の主張に、快晴はたまらなくなる。感極まると同時に、彼女に歩み寄り、ギュッと抱きしめるのだ。
「……へー……」
と、なんとも平坦で冷たい芹花の関心がそこにはあった。
「ほら、みどりも快晴君もお仕事がありますよ?」
彼女達が再び会えることはないのだろうという予感は、女将にもあったようで、子供達の喜びの瞬間は、何時までも見守っていたいものの、自分達の仕事がある。
まずは彼等を客として、速やかに部屋へと案内をしなければならない。
本来なら女将自らその役を買うところではあるが、今回は未熟な二人に、その役割を託すことにした。
「そうなんですね。黒野の兄さんは、一泊だけなんですね?」
「ああ、うん。二人の様子を見がてらね。すぐ帰るのも味気ないし、それで一晩だけね」
「ここが、男性一名、つまり黒野さんのお部屋となります」
快晴がまず、鋭児の停まるべき部屋に案内をしてくれる。といっても、別館は東雲家専用となっているため、許可を得ている鋭児としては、本来どの部屋でもよいのだ。
「んじゃ、ちょっと横になるよ」
鋭児はそう言って、和式の引き戸を開けて、中へと入って行くのだった。それに対して、みどりが愛嬌のある笑顔を浮かべて、親しげに手を振るのである。
友人付き合いの抜けない、修行不足な彼女ではあるが、それはそれで親しみがあり、近い年齢同士のやり取りで、珍しく鋭児もニコリとしつつ、扉を閉める。
「えと、次は女性一名……つまり、卑弥呼様の……」
「外に出ているときは、ミコでお願いします。いつも通り……その……」
「じゃ……じゃぁミコちゃんの部屋ね……」
「はい!」
とても和やかで、天聖家にいるときには見せる事のない、とても幸福感に満ちた笑顔である。
「ふぅん……」
ジットリとした芹花の視線が、卑弥呼の後頭部に刺さるのである。当然それは快晴にも刺さる視線であり、思わず肩身が狭くなってしまう快晴だった。
「私達の部屋はお嬢さんに案内してもらおうかしら。どうやら『積もる話』も、あるでしょうし……」
「芹花……」
流石に少し意地悪が過ぎると聖は思うのだった。
しかし其れは十分に理解しているみどりもも、芹花の反応にニヤニヤと笑い出すのである。
「では、快晴。ミコちゃんのお世話お願いね!」
「あ……うん……」
そして、みどりは芹花と聖を案内する。
「貴女はいいの?それで……」
「へへへ。黒野の兄さん見て、それもありかな?って」
「あらそう……流行っているのかしら?」
と、芹花のジットリとした視線は何故か聖に向けられるのである。
「ボクはそこまで器用じゃないよ。知ってるだろ?」
「それもそうね……」
そして、芹花は大あくびをする。どうやら緊張の糸が切れ始めたようだ。
「お休みになりたいのなら、すぐに布団の準備でも致しましょうか?」
「そうね……」
「解りました。係に申しつけておきます。それまで、備え付けの温泉にて、おくつろぎ願えればと思います」
「そう?じゃぁそうさせてもらうわ。卑弥呼様は貴方達にお任せするわ……炎皇もついている事ですし……ねぇ?」
その呼びかけの相手は当然聖である。
「ああ……そうだね。そうさせてもらおうか……」
みどりは、二人の望む段取りをつけた後、再び快晴と共に、客の出迎えに戻るのだった。
そして、二人が驚いたのはこのときだったのだ。
何故なら、彼女達が迎えたのは、菱家の面々だったからである。面子は炎弥を筆頭に、風林火山の面々となっている。
二人が見覚えのある人物は、当に火縄である。
彼には辛酸を舐めさせられている快晴にとっては、二度と見たくない顔でもあったがそれ以前に、自分達や卑弥呼に危害を加えようとしたのだ、僅か二ヶ月程度でその実力差が埋まるわけではないが、激高に髪の毛が逆立ちそうになる。
「おっと!今日は金お落としに来たんだよ。わびも兼ねてさ!そう邪険にすんなって」
火縄が悪気もなく一歩前に出て、快晴を宥める。
快晴達に何かがあったことは、女将もしっている。だがその相手がまさか、宿泊客として訪れようとは思いもよらなかった。
抑も菱の名字を聞いて其れがそうであると、容易く認識出来るはずもなかった。
「詫び?」
女将の手前である。彼等が客として顔を出した以上、快晴は無駄に彼等を拒絶することは出来ない。
女将は一つ堪えた快晴の背中に、そっと手をあてがい、冷静さを彼に促すのである。
すると、炎弥が一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。
「菱です。ウチの者が非礼を働いたこと、誠に申し訳なく思っています。どうか今日は、その……宜しくお願い致します」
こうして、炎弥が頭を下げると、岳獅を始め、火縄もばつが悪そうに頭を下げる。当然黒羽も依沢も頭を下げる。
軍帽を脱ぎ、何時までも丁寧に頭を下げ続ける炎弥に対して、みどりは快晴の袖を引っ張り、彼の殺気を収めるように同じく促す。
火縄は警戒すべき相手だが、炎弥の態度が全てである。
それに、卑弥呼が無事に出歩いている事実から見るに、話には既に片がついており、彼がこうしてこの土地に再び現れたと言うことは、少なくともそこに対して軋轢も解消されている者だと言うことは見て取れる。
そして、金を落としに来たということは、その分しっかり稼がせてもらえるのだろうと、みどりは確りと打算的な考えも踏まえていた。
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