第2章 第15部 第16話

 ―― 二学期終業式当日 ――。

 

 鋭児は既に学園内にはいなかった。

 芹花と聖の要望で、天聖家に駆り出されていたからだ。勿論このことについては、東雲家に話が通っており、また霞も蛇草も卑弥呼が旧知である、快晴達の旅館へと足を運ぶのだと理解をした上でのことだ。

 

 本来彼等が仲介役となるべきなのだが、それではあまりに形式張ってしまう。また卑弥呼と旅館の接点の強い鋭児が適任だといえた。


 芹花が天聖家だと言えば、恐らくそれで通ってしまう話ではあるが、其れでは余りに高圧的でありまた、卑弥呼が宿泊するにおいても、矢張り礼儀として東雲家に筋を通す意味で、その存在は必要だった。

 

 東雲家から、旅館への道のりは、車で一時間ほどとそれほど遠くはなく、乏しい交通機関を利用するよりも遙かに効率的だった。


 到着前から、卑弥呼はワクワクが止まらない。何より二人には内緒のプランでもある。勿論其れには間違いの無いことなのだが、彼女の念頭から完全に欠落しているのは、自分が歓迎されているかどうかという実に単純な相手の心理状態である。


 きっと驚いて喜んでくれることに、期待を寄せている。


 鋭児は、ソワソワとした卑弥呼の落ち着かない挙動を見て、何度かクスリと笑ってしまう。

 

 勿論、卑弥呼にはそんなことは、お構いなしだ。

 

 「今日は幾つか大口のお客様がくるの。快晴君まで借りだしてごめんなさいね」


 旅館の女将である、みどりの母が、申し訳なさそうに頭を下げる。みどりは兎も角快晴は完全に、その手をあてにされている。


 勿論、将来は二人でこの旅館を切り盛りしてゆくつもりなのだから、彼にとっても良い酒豪ではある。

 

 ただ、一つ心に決めていることがある。


 来年度には、一時旅館を離れ、学園に身を寄せる事を決意していたのだ。旅館での修行は一時滞ってしまうが、それでも彼にとって、卑弥呼を守る事が出来なかったことは、後悔に他ならない。

 

 それまでは、こうして旅館の手伝いを一つでも多く熟していたい。よって、彼の冬休みは大凡、学生が浮かれるようなスケジュールではなかった。

 

 快晴とみどりは、主に片付けなどの雑用に奔走する事になるが、その時だけは、女将の横に並ぶように指示されていた。

 

 こうして彼女が正確な時間に客を迎えると言うことは、特に常連が来ることの知らせでもある。であるならば、当然それは大凡東雲家の関係者である事になる。

 

 そして、融雪された駐車上に停まるスパイクタイヤの音が聞こえ、旅館の玄関先では、客の案内に勤しむ従業員の声が聞こえる。

 

 そして、まず旅館の玄関を潜ったのは鋭児である。


 「これは、黒野様……ようこそお越し下さいました」


 前回は、東雲家の関係者ではあったが、飽くまでも知り合い程度であった認識が、今回はなんとも大層な送迎である。


 当然それは、彼が正式に東雲家の関係者として、宿泊に訪れた事にある。


 「あ……いや……その、お久しぶりです」


 鋭児が来るとは思わなかった二人は、ソワソワとしながらもぺこりとする。


 特に想像力の豊かなみどりは、きっと焔も着いて来ていると思い、きっと二人の熱い関係を拝めるのではないかと、余計に盛り上がりを見せる。


 当然そんな彼女の浮かれぶりに、女将は一度目配せをし、コホンと一つ咳払いを入れるのであった。


 「快晴もみどりも、元気だった?」


 「はい!おかげさまで!」


 みどりはすぐに返事を返すが、快晴はぺこりと頭を下げるだけに止まる。

 

 しかし、いつまで経っても焔の気配は窺えない。だがその代わり、別の人影が姿を現す。


 三人のうち、当然芹花と聖である。 もう一人は当然卑弥呼なのであるが、彼女はあざとく自分の出番を待っており、二人からは見えない、玄関の外で待っている。

 

 「えっと、此方は新しい天聖家頭首の、天聖芹花さんと、大学部の先輩になる、聖さんです」


 「お世話になります」


 聖は丁寧に頭を下げるが、芹花もまたお辞儀程度である。

 

 「それでは、参りましょうか……」

 

 芹花が、何事もないかのように、靴を脱ぎ始めるのである。

 

 「え!?ちょっと、芹花さん!?」

 

 そして、慌てて飛び込んで来たのが卑弥呼である。芹花は完全に彼女で遊んでいようだ。若干遊びすぎているようにも思えるが、確かにそうしたくなる気持ちは、鋭児にも分かる所ではあった。


 よく言えば、愛されているのである。


 「あ……えと……えへへ……」


 完全に感動の登場に失敗していまった卑弥呼は、みどりと快晴に視線が合ったと同に、どうしようも無い照れ笑いを見せるのである。


 「ミコちゃん!」


 そして、ストレートに卑弥呼に抱きつくのはみどりである。その暑苦しいまでも抱擁が、卑弥呼にはまた嬉しいことだった。


 サプライズこそ、芹花に挫かれたものの、此は此で嬉しい再会である。


 快晴は完全に放心状態となってしまう。其れこそ今生の別れを済ませたはずだというのに、これほど僅かな期間で再び変わらぬ姿を見ることが出来ようなどとは思いも寄らなかったのだ。

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