第2章 第15部 第14話
「ふぅ……」
自室に戻った芹花は酷く疲れた表情をする。自分の祖母とはいえ、矢張りその圧力はなかなかのものだ。矢張り長年天聖家を支えてきただけのことはある。
その貫禄だけは、一朝一夕で身につきそうにはない。だが、それだけではない。
「本当にいいんだね?」
聖が改めて聞く。
「ええ……、覚悟はしているわ」
椅子にもたれた芹花は、そのまま目を閉じてしまう。そんな彼女を、聖はベッドまで運ぶのだった。
―― 翌日 ――
「え?冬期……学習……ですか?」
素っ頓狂な声を上げたのは卑弥呼だった。自室で家庭教師による学習を受けている最中の事だ。そしてその話を持ちかけたのは、芹花である。
「はい。以前炎皇の報償で、卑弥呼様の無知……いえ、社会性の向上を願っていましたので……」
「無知……」
卑弥呼は辛辣さが垣間見える芹花に対して、ショックを隠しきれずにいる。そして案の定其れを誰も聞かなかった事にしている。
彼女はオロオロとするばかりである。
「――と言うわけですので、炎皇。終業式の日に、送迎と取りなしをお願い出来ませんか?ええ。では……」
芹花は、卑弥呼、自分を知り、尚且つ旅客として旅館を知る鋭児に、案内を頼むのである。
すると、途端に卑弥呼はソワソワとし始めるのである。指折り数えてももう、一月とない。
まさか、そんなに早く二人に再開出来る時が来るとは、彼女自身思いも寄らなかった。いや、もっと言えば、思い出を胸に、この先を生きるのだと心に決めていただけに、俄に光が差した気がする。
一方芹花から電話を受けた鋭児は、一つため息をつく。
「どうしたの?」
電話を片手に若干立ち尽くし気味の鋭児よ横から、ひょっこりと顔を出したのは吹雪である。
「あ~っと、仕事」
しかもそれは東雲家からのものではなく天聖家からのものである。当然それに関しては、芹花から東雲家に連絡が行く事だろう。しかもそれは鋭児自身の要求であるため、断る道理がない。そこには責任というものがある。
「ごめ、ちょうど終業式の日だから、吹雪さん先に家に行っててくれる?」
「うん。で芹花様からは、どんなお話しだったの?」
「ああ、卑弥呼様を例の旅館に、自分達を含め案内してくれって」
「そか……。お正月には間に合うの?」
「うん。行ってすぐってのも愛想ないし、快晴とみどりの様子みて、一泊してからになると思うから、翌日には……」
「良かった」
吹雪は安心したように、鋭児の後ろからギュッと抱きつく。昨年の正月はともに時間を過ごすことが出来なかった。今年もまたすれ違いになってしまうのではないか?と、寂しさを覚えずにはいられなかった。
「おーおー。なんかすっかり甘えん坊になっちまってよ……」
「だってやっと落ち着いたんだもの。しばらく天聖家には顔を出さなくていいって、芹花様が……」
「っはーん」
焔はソファに座りながら、後頭部の後ろで手を組み、背もたれに凭れかかり、何かを訝しむ。
「あら、吹雪ばかりズルイわ」
そう言って、キッチンでの仕込みを終えたアリスが前から鋭児に抱きつくのである。
「あー……」
これはもう逃げられない状態だと鋭児は思った。いや、特に逃げる必要などないのだが、何故か対応に困ってしまう。
そして、なぜか普段なら力負けするわけがない二人に、それはまるで働き蟻が自分より大きな獲物を素に持ち帰るが如く、ジリジリと寝室へと連れ込まれて行くのだった。
そして、しばらく平穏な日々が続き、高等部各学年の順位戦が行われる。
鋭児達は変わらない順位で、鋭児、康平、火雅の三人が上位を固め、筧も学年主席を確かなものとする。三年の三学期には順位戦がなく、彼の高等部の成績を主席として卒業する事になるのだ。
凡才である彼が、才ある者の集まりとされる、一組においてその成績を収めたことは、まれに見る快挙である。
煌壮は順調だ。一学期の騒動を踏まえると、その後の彼女は特にクラスの中でトラブルを起こす事も無く、このときの順位戦も一位を獲得し、矢張り彼女の戦闘センスは非凡なのだ。
灱炉環は二位となる。一位にはなれないが、彼女もまた鼬鼠というパートナーがおり、それに遜色のない成績を収めなければならない。
それは、鼬鼠が望んでいる事ではなく、彼女自身が決めたことである。
ただ温和な彼女は、それでも十分な力を発揮出来ている訳ではない。積極性に欠けるといえば聞こえは悪いが、その優しさが彼女の良さであり、その強さは誰かを守るために発揮されるべき部分である。
ただそれでも煌壮が優れているといえるのは、灱炉環の使う防壁を突き抜ける火力が鋭さがある事だ。当に攻撃特化と言え、何より彼女の技は、何においても高い殺傷能力がある。
寧ろ灱炉環相手でなければ、煌壮もそこまでする必要はないということになる。
「トロ子。心配せずにもっとガッツリ来ていいぜ。好きじゃないのは解るけど……」
煌壮も其れを理解しており、試合終わりにそう声をかけるのだ。何せ鋭児と焔に扱かれている自分が言うのだから、問題無いと煌壮は、自分の胸をドン!と大いに叩いて……、そして噎せ返るのであった。
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