第2章 第15部 第13話

 そしてそのために祈祷をしていた人間も、既に息を引き取っており、何より自分達の出現で、祈祷そのものは、中止されている。

 

 鋭児と康平がそうしている頃。聖と芹花は漸くこの件に関する資料を纏めていた。


 一つは、天聖家が間違い無く呪いの件に関わっている事実である。ただそれは香耶乃が仕掛けたものではなく、彼女自身は、あくまで天聖家の家長とし忠実にその命を守っていたに過ぎないこと。


 黒野の一族に呪具を与えて、其れを取り扱わせたこと。


 此に関しては、夜叉家が関わっており、その確証を得ていること。

 

 また、殿上人を支える天聖家が、調停を成さず此まで武家との遺恨を残し続けた事にも怠慢があり、事件に関する責任の半分は、天聖家にもあるということ。

 

 そして、その件に関しては自分自身が、誠意を持って各所に尋ねて得た情報であり、文献に相違なく天聖家は、その首謀者であることの確認を取っていること。

 

 そして先んじて行われた天覧試合において、卑弥呼が武家と取り交わした約束がある事。

 

 呪いに関してはこんな所だろう。

 

 それに加えてもう一つ、鳳家に関してのことである。


 天聖家は、鳳家の力に脅威を感じていたということだ。ただその事に関しての文献はない。警戒すべき相手であるならば、本来其れこそ天聖家の仇敵として、記されるべき事である。だがそれがない。

 

 夜叉家の当主に鳳家の事について問いただしたが、媒体の呈示に対して、固執したのは天聖家だということである。


 卑弥呼警護失敗の責任に対して、それだけ天聖家の怒りに触れたことなのだろうとの事だが、表裏一体の夜叉家は、それに対して強い追求をしないのだ。


 だが彼女もまた、家業を受け継いだ身であり、事実に対する実感を持たない者である。


 欠落した部分は、どうしても補いようがないのだ。


 たかが半世紀、されど半世紀だ。記憶の風化には十分な時間であるとも言える。唱えるのは、中身のない記録からの自意識だけなのである。

 

 「さて、随分よい時間になってしまったわね」


 「そうだね……」


 「聖。一応ここまで慎重に進めてきたわ。子供じみたほどにね。力技でも良かったのだけど、食事に毒を盛られたくもないし……、いえ呪いかもしれないわね」


 「そこは大丈夫だよ。君には毎日欠かさず加護を与えている」


 「そう?」


 そういって、芹花はすっと唇を差し出す。そして聖は唇が触れる程度に彼女と口付けを交わす。

 

 「お婆さまのところに行きましょう」


 「了解」

 

 芹花は、香耶乃の自室に行く。


 家族ではあるが、普段なら取りなしの上、参上するのが礼儀である。天聖家の家族関係はそうなのだ。決して和気藹々としたものではない。


 譬え芹花が頭首となった今でも、其れは変わらない。


 年長者に対する敬意を損なってはならない。


 だが、このときは違った。


 芹花は香耶乃が自室にいる事を十分把握した上で、彼女の部屋の扉をノックする。

 

 「何用じゃ?」

 

 普段彼女の部屋の扉をノックするのは、従者の仕事である。


 「御婆様芹花です」


 「……ふん……。無作法者が……、まぁ良いでしょう」


 芹花が頭首になっていらい、二人の仲は健全とは言いがたかった。


 それも当然で、天聖家の秘蔵っ子となるはずだった彼女が、自分に対して翻意を見せたのだ。ただそれでも彼女が天聖家を壊してしまう訳ではないことくらいは、香耶乃も理解はしている。


 それに頭首が自ら足を運んだというのに、門前払いをすることもまた、礼儀に反する。

 

 芹花は、香耶乃の許可を得ると、彼女の私室に入る。


 香耶乃は、正しく座し、詩集に目を通している。そうして自分達に相応しい、言葉の調べを探しているのだ。

 

 そして、芹花は香耶乃の対面に座り、調べた資料を香耶乃の前に差し出す。


 表題には、「武家に対する呪術に関するの件」と書き記されている。


 流石に聖を書庫に調べさせた挙げ句、此を突き出して来たのだから、香耶乃としても惚けることなど出来ない。


 「目を通す必要などない……」


 「はい。存じております。概ね相違ないと思われますので」


 そう言われると、香耶乃は目を通さずにはいられない。何故なら突き返せば、そこに誤認があったとしても事実であると認定したようなものだからだ。

 

 だが芹花がそのような小細工を仕込むことなどはなかった。自分には従順ではないが、真っ直ぐである気性には間違い無い。


 今までは天聖家、つまり自分に対する実直であるという見立てであったことこそが、香耶乃の見識の間違いだっただけである。

 

 資料は簡潔に纏められており、彼女が東奔西走した程には、重量化された文章ではない。ただ淡々と、情報に基づく彼女の認識が書かれている。


 そしてそれは概ね間違いは無いのだろうと、香耶乃はそれを閉じ、すっと芹花に差し戻す。

 

 実はこの時芹花は、鳳家の秘術という、書類も作成していた。


 だが、それは香耶乃を押し黙らせるための最終手段だったのだ。そしてそれは間違い無く天聖家の面子を潰すものであったのだ。


 ただ、あの時卑弥呼が雲隠れしていた事実は、自分を含め数人しか知らない事実であり、彼女の胸の痣に関しては、決して知り得ない事実なのだ。


 芹花が行動を起こそうにも、卑弥呼の入浴に関しては決して、何人たりとも除き見る事は許されない。


 それには天聖家ですら立ち入ることが出来ず、卑弥呼の儒者のみが知りうる事実である。

 

 天聖家が異常なほどに傷を嫌うというのは、お竹の話が正しく、鋭児の話が正しければ、そして事実なのだが、卑弥呼の胸にはその痣があることに成る。


 傷とぼかしているが、つまり痣を忌み嫌っているのだ。そして其れを醜く思っている。卑弥呼は能力者にその命を汚されたのだ。

 

 天帝の命すら握るその能力者の一族を、天聖家は許し難かったのだ。

 

 「許しませんよ」

 

 香耶乃が一言言う。勿論彼女がそういうことは理解している。

 

 「天命に背いてまでもですか?」


 「……」

 

 つまり其れは単なる香耶乃の意地である。つまりは沈黙だ。自分はこれ以上この事に関しては、口を開かないと言うことである。

 

 「解りました。では私は天命に従うのみで御座います」

 

 芹花はそう言って、香耶乃の部屋を後にするのだった。そして、扉の外で待っていた聖と共に、自室へ戻ることにするのだった。

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