第2章 第15部 第10話
動きの流れは鋭児の気の流れで解る。そういう先読みは煌壮の方が上手い。
それでも、鋭児の攻撃は其れを上回って早く鋭い。そして矢張り男子であるため、間合いは自分よりも広い。
しかし、其れを考えれば磨熊などもっと広い。
それでも焔は、其れを跳ね返し、彼と互角以上に戦う。闘士であるなら、其れは覚悟しなければならない。
勿論速度は落としている。重要なのは感覚を掴むためだ。
それでも前回煌壮が、鋭児に足払いを連続してかけられたのは、それだけ煌壮の軽快が守備が疎かだったからである。
其れを鋭児に指摘され続けていたのだ。
鋭児と煌壮は、互いに相手に出来た僅かな隙を見つけ、空間に星を描き、拳で打ち抜いたりと、打撃と技の基本的な連携から入る。
そして、その技に対して、如何に迅速で適確な対処を行うかで、次に相手が打ち出す技の質量が決まるのだ。
逆に言うと、相殺しカウンターを入れることが出来れば、此方が攻撃に転ずる絶好の機会となる。
炎の能力者の場合は、そのずば抜けた身体能力と、瞬間的な早さだ。
鋭児と煌壮は、徐々にその速度を速め始める。
絶えず一歩引くのは煌壮だが、いち早く懐に入り込むのも煌壮だ。彼女の持ち味は、その身軽さで、其れを引き出すにはより多い運動量が必要となる。この八ヶ月焔と鋭児に揉まれながら、積み上げてきた彼女は、少しずつそれに自信を付け始めている。
特に大技を放つことはない。それはそれでまた別の機会があるし、ある程度は練り上がっている。あとは、反復し形を作るだけだ。
ある程度打ち合うと、結局の所、リーチの差で鋭児の掌が、煌壮の眼前に突きつけられ、其れで勝負はついてしまうのだ。
そして、そんな鋭児の掌には、一枚の羽根が刻まれている。
「鋭児兄、それずりぃよ!」
何がずるいのか、重吾もそうなのだがこういう印や形象の刻まれた末端の覚醒痣は、それ自体技発動の短縮に繋がる。
尤も、火力便りで練り上げられた力よりは、より激しい消費が求められるし、技そのものはシンプルなものが基本である。
「それいったら、お前の爪だってそうだろ?」
「いや、リーチの差ってもんがさぁ!」
其れは解っている。課題である。しかし鋭児の馬鹿げた火力を考えると、至近距離でのそれは決定的なダメージになり兼ねない。
「はいはい」
煌壮の覚醒は頭髪にこそ現れていないが、彼女の爪はルージュのマニキュアを塗ったように、艶やかな紅色をしている。
それだけを見れば、華奢な彼女のその部分だけが、妙に色っぽくはあるのだ。だがそれは彼女の器用さの象徴であり、当に彼女の持つ気の制御能力を司る証といえた。
「それに、鋭児兄に、そんな傷負わせたくないし……」
と、ゴニョゴニョと尻すぼみの言葉を発する。
「それはそれで、俺が下手打っただけの事なんだから、お前が気にすることないよ」
鋭児は煌壮の頭をクシャリと撫でる。
俯き加減のその頭頂分が妙に愛らしい。
こういう時鋭児は、焔との訓練をよく思い出す。必死だった自分に対して、焔は真正面から其れを受けた。必死だったため彼女の顔に拳をかすらせる場面など何度もあったが、彼女の目は決して鋭児から逸れなかった。
今はその気持ちがよく解るし、煌壮の気持ちもよく解る。
クラスの中でも、負けん気の強い煌壮が、鋭児に頭を撫でられると、途端に借りてきた猫のように、大人しくなってしまい、すっかりデレてしまっているのを、クラスメイト達はニヤニヤとしながら見ている。
「いいなぁ……」
灱炉環は思わず、自分が鼬鼠に頭を撫でてもらっている光景を重ねる。勿論普段刺々しい鼬鼠であっても、灱炉環に対してはめっぽう弱く、部屋に戻ればいつでも甘え放題というわけだが、鼬鼠には鼬鼠のやるべき事があり、授業中までとは、流石にいかない。
「炎皇様、次は私の指導もお願い出来ますかしら?」
そう言ってきたのは姫燐である。
やや暗い赤髪の彼女は、程よく肉付きもよく、それでいてウエストは確り締まっているという、年齢的にも日本人的にも少し、規格外である。
それでいて、太股も十分実っており、クラスの男子が鼻を伸ばす程の存在で、確かに美人であり、色々な意味不足のない相手だと言えた。
ただ逆に言えば鋭児にとっては、単なる一女子の枠から超えない存在で、取り扱いには困るものの、勝負は手加減をするまでもなく、あっさりと決着がついてしまう。
というより、隙だらけなのだ。
彼女の言う指導というのは、手取足取りのマンツーマンと言いたかったのだろうが、鋭児はいたって真剣である。勿論若干のハプニングが起こるときもある。
「もうちょっと、基本的なことを確りした方が良い。腰の落とし方とか、体重のかけ方とか……そう」
だた最後にはそういって、確りワンタッチを決めていくあたりが鋭児らしい。
ただ転がして終わりというわけではない。そしてその体温の伝わる指導こそが、姫燐が望んでいた所であり、妙にモジモジとしている。
ただ煌壮から見ても、鋭児は完全に唐変木な状態となっており、恐らくそれが尤も素の状態の鋭児なのだろうということは、すぐに解るので、一人興奮している姫燐に対して、にやつきながらも、憐憫の眼差しを向ける。
そして難なくその日の授業が終わる。鋭児は若干肩の凝る思いだ。だがそれ自体はさほど悪いことではないと思っている。自分も誰かに教わり其れを誰かに返す。何も煌壮だけに拘った話ではない。
それでも慣れないものは慣れない。
煌壮と二人並んで、自室へと戻ることにする。
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