第2部 第15部 第8話

 藤は急いで沿道に車を止めハザードランプをつく。

 

 「あなた!あの天然聖女の裸体を見たの!?」


 芹花は、スーツに挿しているボールペンを振り上げ、鋭児の眉間に突き刺そうとする。勿論鋭児は其れを丁重に受け止める。

 

 「いやいやいや!俺じゃなくて、焔サンがですよ!」

 

 そして、そっと芹花の手を押し戻すのである。


 「ああ、日向さんが……ね」


 芹花はホッとする。


 「あの子最近、変な小説を無心に読んでるし、最近妙に色気立ってるから、貴方に唾でも付けらたのかと思ったわよ……」


 「俺、んな節操無しじゃねぇっすよ!」


 「お黙り!昨夜も随分なお手並みだったそうじゃない!?」


 「いや、其れ言われると……。取りあえず俺はミコちゃんとは、何もないですから!」


 「ミコちゃん!?俺は!?」

 

 「芹花落ち着いて!」

 

 仮にも聖女である卑弥呼が婚姻前に穢れているとなれば、其れは大事である。芹花は呼吸を荒げながら、後部座席の鋭児を睨み付ける。

 

 「兎に角、日向は確かにその旅館にいたのだし。卑弥呼様もおいそれと、異性に肌を晒すほど迂闊ではないよ」


 「どうかしら……」


 それに関して、鋭児は沈黙する。


 「お三方、そろそろ車を出しますが良いですか?」


 「ああ、悪いね藤。出して良いよ」

 

 聖が芹花の動揺が収まったところで、再び車は動き出す。

 

 「なんてこと……」


 しかし芹花の頭痛の種は収まらない。芹花も、焔の胸にある鳳凰の烙印や、アリスの肩にそれがある事を知っている。知っているというのは、聖が伝えていたからだ。


 黒野鋭児には、不思議な力がある。


 其れは当然、どうして日向焔が一命を取り留めたか?という事に対してなのだが、聖は芹花に対して、正確な情報を与えているわけではなかった。何故なら、これまでそれは、黒野鋭児という個人の特殊能力であると思っていたからに、他ならない。


 しかし、今の話を聞く限り、鳳家が持つ力であるこのほうが、より正しい認識といえるだろう。であるなら、確かにそれは天聖家の沽券に関わりかねない事実だ。


 尤もそれそのものは、芹花にとって大した問題ではない。


 自分達は六家であるというだけで、能力者ではないし、そういう集団の頭首というだけのことだ。しかし代第受け継ぐその役割は、誇りに思っていることだし、受け継ぐべき血統であると思っている。


 ただ、傲った認識は捨てるべきだし、上っ面の沽券などという滑稽な物は、これからの時代何の役にも立たないと思っている。


 「いい。炎皇貴方の其れは炎であると同時に命そのものよ。生命を司っているといってもいい。悪い言い方をすれば、鳳家は六家を欺き続けていたといっていいわ。勿論それは、鳳家の平穏のためでしょうし、決して裏切るためでもなかったのでしょうけど……」


 「えっと……」


 鋭児は、話の内容が頭に入ってこなかった。


 「治癒、光、導きは、天聖の天命とするところだし、当然せいの属性を持つ僕の天命でもある。それでも生死の助力になりはしても、そのものにはなりはしない。本来取り戻せないもののはずなんだ……」


 「それだけじゃないわ。仮にその力で卑弥呼様が救われ、その胸に鳳凰が刻まれたとなると、それはもう、支配以外他ならないのよ」

 

 「いや、此にはそんな力は……」


 「解っているわよ。けど、本来恵みの象徴である卑弥呼が、むしろ逆に分け与えられたのよ。『命』をね」


 其れは当に神の御業である。


 しかし能力者が神と等しい存在であってはならない。無形である存在が形を成してはならないのだ。尊ばれるべきものは、表現こそされ、有形ではあってはならない。


 いや、現人神である卑弥呼の存在は、人として地に落ちてしまう。そんなことがあってはならないのだ。

 

 「まぁいいわ。事実は収穫として受け止めるべきね。それに、卑弥呼は導きの象徴ですもの。その連綿と受け継がれた血脈に意味があるのよ」

 

 言わばこの国の人柱であり歴史である。その存在が誇りなのだ。武家の行為は国家転覆に等しくなる。しかしそこに追い込んだのは、間違い無く自分達である。此は六家全体の問題でもある。

 

 だが、脅かされて良いわけではない。

 

 同時に、この度の騒動は、芹花にとって都合が良かったと言って良い。


 「取りあえず、戻りましょう。今日は私も学園の宿泊施設で一泊していくわ」


 「それは助かりますね」


 藤は学園へ向けて運転を続けるのであった。

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