第2部 第15部 第6話

 炎弥は其れを十分に理解している。唯シットリと汗で濡れた互いの肌をもう少し重ねることだけを求めた。

 

 「お竹……もういいよ」

 

 炎弥が呼吸をゆっくり整えながら、炎弥が控えの間にいる彼女を呼びつける。此に関しては鋭児も驚きはしない。


 千霧と東雲家で過ごすときには、少なからずともその動向を見守る人間がいるからだ。それと同じである。


 ただ、態々呼びつけるということはない。

 

 「旦那様、見事なお手前で御座います……」

 

 お竹は、襖を開くと同時に、座して深々と二人に頭を下げるのだった。

 

 此には色々な意味がある。其れは質実共に、鋭児を認めたと言うことも含まれる。

 

 ただ、そういう言われ方をされてしまうと、自分の技能だけが妙に取り上げられた気がして鋭児は、流石に炎弥の上に伏せたまま、顔を上げられなくなってしまう。


 自分は彼女を愛おしく思っただで、技術の向上のために女性を求めたことなどないと、反目したくなる。


 「黒野君、熱いよ?」


 「うん……解ってる」


 炎弥も恥ずかしい訳ではない。だが、入浴を含め彼女は介添えが必要あり、また頭首であることから、いずれにせよこのような状況において見守られる立場であることは、重々承知の上である。


 学園に滞在していた時の、その役目を仰せつかっていたのは、当に依沢と岳獅というわけだ。

 

 「なんなら、またお越しの際には、この子にも夜伽の手解きなどを……」

 

 等と小梅を差し出して言う始末である。

 

 「だ!ダメダメ!ダメだよ!。小梅に取られちゃう!」

 

 などと、自信のなさと本音が溢れすぎている炎弥は、鋭児の下でジタバタとしながら、思わず慌て出す。

 

 「おや……小梅、残念でしたね。若様にそう言われてしまわれては……」


 「お……お婆さま!」

 

 クスクスと、上品且つ下卑た笑みを浮かべたお竹は二人を同時にからかうのである。

 

 二人はその後、入浴を済ませ、食卓に着く。


 その頃には、服装を含め、いつも通りの二人であった。

 

 その一方、大地と藤は若干フラフラとしている。


 どうやら、あの後火縄と随分飲んでいたようだ。何より彼が小忠実につまみなどを殉じ用意してくるものだから、ついついそれに手が伸びてしまったという次第である。

 

 一方すっかり電池切れであった芹花も今朝は凜としている。

 

 そして、純和風の用意された昨日と同じ炬燵で、それぞれ静かに食事を勧めている。こうなると、なんだか内輪の小旅行にでも繰り出した陽にも思える。

 

 底冷えする、古民家の旅館で迎える静かな朝食というものも、此は此で乙なものだと思えるのだ。

 

 芹花は、黙々と食事をしながら考えていた。


 彼女が拘ったのは、徹底的な当事者からの情報である。当然そこには嘘も練り込まれている可能性も否定は出来ないが、お竹の内容は自分達を疑心暗鬼にさせるには、余りにも意味の無い情報である。

 

 天聖家や、卑弥呼に一矢報いたと感じるのならば、この度の復讐劇はない。炎弥が其れを必要だと思ったのは、自分達の行く末に憂いがあったからだ。


 そういう点では、彼女は重罪人であり、本来敗者である彼女は、その主犯として、裁かれて当然の人間といえる。


 ただそれは天聖家や、六家から見てのことで、それが全て正義ではない。


 次代が変わり、一国統一統治に移り変わるにあたり、武家からその権力が中央に返上されただけのことだ。


 だが、事はそう単純には至らず、結局彼等は次代と共に埋もれることとなり、今日に至り、逆に六家は十分に力を蓄え、より厚みを増している。


 当然それに納得の出来ない者達も多くおり、長らく各所で小競り合いへと至る。


 結果武家は、暗躍と言う形を取らざるを得なくなる。


 その配慮不足は間違い無く自分達にもあり、裏家業の統治に失敗をした事になる。


 その長年の鬱積の結果が、武家の騒動であるなら、それは天聖家の怠慢だと、芹花は思うのだ。


 それがそうでないというのなら、残されるのは血みどろの闘争だけである。そして尤も残酷な殲滅をもって平定するしかない。

 

 「炎弥さん。今敢えて聞きますが、もし勝負の後、断罪を言い渡されたれれば、貴女はどうされるつもりだったのですか?」


 「それで、皆が休まるというのかい?」


 収まるではなく、休まるだ。それは間違い無く、皆心穏やかに暮らすことが出来るという意味だ。勿論そんなつもりは芹花にはない。


 昨晩の気の抜けた芹花を見れば、彼女は存外菱家の環境を気に入っている。


 「先々代なら、其れを求めたのかも知れません」


 「だろうね。あの様子じゃ……でも、そうじゃない」


 「そうですね。それにそんなことをすれば、炎皇が怒りにまかせて、天聖家を潰しにかかるでしょうし……」


 「はは。黒野君怖い」


 炎弥は笑っている。しかし其れは冗談にならない。鋭児が焔のために、そしてその焔がその手で鋭児を諫めるまで、彼は止まることがなかったのだ。


 そして其れを覚悟で鋭児は、狂犬と化した事実がある。


 そうなれば、鋭児の周りがどう動くか解らない。これで中々厄介な爆弾だと芹花は思う。だが確かに炎弥の言葉通りそうはならない。その為に自分が今ここにいるのだし、側にいる聖もそんなことを望んではいない。


 二人の正義は一致している。そしてその彼が鋭児に対して、穏やかであるのを見れば、どちらかというと、無用な心配なのだ。

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