第2章 第15部 第5話

 「じゃ……じゃぁ。お願い……しようかな」


 「えと……じゃぁこの後?」


 「んーん。一応ボク用の浴室ってあるから、一応頭首だし。あ……芹花さん達は、その浴室を使ってくれるかな!流石に混浴するようには出来てないから!」

 

 「ええ……有難く頂くわ……畳と炬燵が気持ちよくて……今はダメ……」

 

 「ゴメンね。家の中じゃ気を張る事が多くて、すっかり緊張の糸が切れてしまったようだ」

 

 聖が愛想無くダラダラと話す芹花の代わりに、この状況の顛末を説明するのだ。


 「そっか……、天聖家って大変そうだね……」

 

 武家が忌み嫌っている天聖家の中は、一枚岩と言うことではなく、それどころか母子で対立を余儀なくされているのだと言うことを炎弥は知る。


 「じゃ……黒野君……」


 「ああ……うん」


 炎弥は鋭児と共に立ち上がると、鋭児の手を軽く引いて、自分の浴室へと導くのだった。

 

 

 ―― 翌朝 ――

 


 炎弥は目を覚ます。


 ベッドの中は随分暖かい。その温もりは少々過剰であるとも言えた。そして胸元が重苦しい。意識的な呼吸をしなければ、やや呼吸もままならない。


 だがそれは心地よさに満ちあふれている。


 其れは紛うこと無き人肌の温もりである。何より其れを、自分が願ったのだ。右手はしっかりと組み敷かれている。左手は失われた前腕の先端を鋭児の手がそっと包んでいる。


 眠りつつも、その指先はいたわりに満ちており、庇うようにして添えられている。


 組み合う右手の温もりが寄り愛おしさを伝え合うというのに、自分の左手はその意思を示す事が出来ず、ただ一方通行に彼の思いを受けるに止まっている。


 嬉しくも切なく悲しい。悲観的であると同時に、充足感が自分を支配し、其れを受け入れ続けさせ続けている。

 

 であるなら、両足を彼に絡める事も考えるが、自分にはその両足すらない。両足とも半分ほど残された下腿部を俄に絡める程度になる。


 それでも炎弥は目一杯可能な限り自分の思いを其れで伝えた。


 触れあう部分が全て愛おしい。


 夕べはそれだけの互いを伝え合ったのだ。もっと貪欲に触れあいたい。今は只それだけの思いで、嬰児に触れる。

 

 「黒野君の身体、確りしてる……」

 

 炎弥はその質感に囚われ再びウットリとする。だがこうしていられる時間もそれほど多くはない。恐らく今度こそ、再び合うのは、雪解けの季節となるのだろうと、炎弥は思う。


 其れはなにも物理的な距離だけの話ではない。


 自分はまず、招集した武家に対して、謝罪行脚をしなくてはいけない。


 結果として自分達の願いは、かなえられることになるが、それでも互いの名誉をかけた大一番において、自分はその代表として、負けを晒してしまったのだ。


 その事実は覆らない。


 勿論炎弥を非難する事など、本来誰にも出来ようがないのだ。


 彼女以上の使い手が武家にいない以上、誰が炎皇たる鋭児との勝負に対して勝ちを拾うことが出来ようものだろうか。

 

 「ん……」

 

 鋭児が意識を眠気に支配されながら、薄らと深い眠りから目覚める。


 そして自分が組み敷いている彼女の柔らかみを、篭もった熱気と共に感じるのだ。


 炎弥は細いが引き締まっている。細くはあるが、柔軟で質の良い筋肉が程よい弾力となっている。


 合わせ合う胸元は、焔と比べれば二回りほど小ぶりではあるが、それでも十分な実りを持っており、男心を擽るには十分だ。


 鋭児は思わずその感触を味わってしまう。

 

 「起こしちゃった?」

 

 鋭児が少し身体を動かし、其れを求めている事を知りつつ、炎弥はまず自分の動作で彼を起こしてしまった事を悪く思う。

 

 「うん……脚がくすぐったい……」


 「ゴメン……」


 「いいよ。なんか可愛いなって……思った……」


 「可愛いって……」

 

 鋭児が自分のコンプレックスをなお愛おしそうにそういうものだから、炎弥は嬉しくもじれったく思った。

 

 「抱いていい?」

 

 早朝一番それが鋭児の言葉である。

 

 「うん……多分全然大丈夫……」

 

 そして、鋭児は炎弥の頬や耳元を組み敷いたまま、唇で愛し始める。

 

 そして、そんな二人の秘め事を、横にある控えの間で座してただ静かに待っているのは、お竹と小梅である。

 

 ただ小梅の場合は、一晩中というわけではなく、早朝一番からだ。

 

 「嗚呼!」

 

 生々しい炎弥の声が聞こえると、小梅はソワソワとし始め、赤らんだ顔を収める事が出来ずにいる。

 

 「お婆さま……」


 「し……こうして、若を見守るのも、側近の役目です」

 

 その後しばらく、炎弥の狂おしい声が響き続け、小梅はたじろぐばかりである。それでもお竹は、背筋を伸ばし、座して終わりを待つばかりである。

 

 「お婆さま……」

 

 炎弥が余りにも艶やかな声を上げ続けるものだから、小梅はモジモジとし始めてしまう。


 しかし、お竹はそれに対しては、全く反応を示すことはない。

 

 やがて、炎弥の息づかいが収まりを見せる。それでも半時はそんな状態であった。

 

 「ゴメンな。もう少し長くこうしていたいんだけど、順位戦の準備とか、年明けの六皇戦の準備もしなきゃならないんだ」

 

 そう、其れは年末年始にかけて行われる鋭児達の集大成でもある。


 そう言いつつも、炎弥に余韻を与え続けるように、鋭児はゆっくりと彼女を求める。


 腕の中でくったりとした炎弥は、夢現の中、鋭児の詫びだけを聞き、言葉だけを理解する。そして、もう一度だけ身体を仰け反らせて、ふっと息を吐く。


 「うん。皇としての勤めだもんね。ボクと同じだ……」


 互いには守らなければ成らない約束と立場がある。其れを成す事は何よりも大事だ。

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