第2章 第15部 第4話

 「ああ、いい汗掻いた!」

 

 今回は時間稼ぎのための駆け引きはなかった。其れが火縄の満足感に繋がったようだ。彼はクールダウン気味に、寒空の下、大きく背伸びをする。

 

 「それでは、すっかり冷えた事でしょうし、若、入浴でも如何ですか?」

 

 まず観戦していた、炎弥にお竹が声をかける。

 

 「あ、うん。そうだね。皆も浴場があるから。小梅案内してあげて」


 「はい」


 「黒野君も」

 

 そういった炎弥は少し名残惜しそうだ。

 

 「旦那様も若様も、さっさと済ませて下さいな……」

 

 しかし、さらりとそう言って立ち去るお竹であった。

 

 炎弥は大いに戸惑う。何故なら、いつもであるならば入浴時間を自分に尋ねてくるからだ。其れによってお竹は行動を決める。しかしこのときは、まるでつきそう素振りの一つも見せずに、自分に背を向けてしまったのだ。

 

 腰を上げ書けた鋭児も、思わずと動きを止めてしまう。

 

 「ちょ!お竹!え?」

 

 「男らしくねぇなぁ」


 「ボクは乙女だ!」

 

 火縄のそれに炎弥は大いに訴えかける。

 

 「えと……」

 

 鋭児はすっかり動き損ねてしまう。


 「いいよ!ボクの事は気にしなくて!ね?」


 炎弥はあの時の勢いがすっかり削がれてしまっている。冷静になってしまえば自分と一緒に入浴をするということは、唯単に裸の付き合いというだけには止まらなくなる。


 勢いで服を脱ぎ捨てるだけには止まらないのだ。

 

 「んじゃ兄ちゃん、次は風呂でこれ勝負どうよ?」

 

 火縄はくいっと口元でおちょこをあてがい飲み干す仕草を見せる。

 

 「良いんですか?目上の方のお誘いとあれば断る訳にもいきませんが……」


 「遠慮すんなって。和解和解!」

 

 片面だけを見れば非常に都合の良い火縄の申し出であるのであが、其れそのものは炎弥が願う所なのだ。そういう意味では、彼もまた菱家を思っている。

 

 「大地。せっかくのお誘いですよ。貴方もお付き合い下さい」


 「全くお前は……」


 こういう時、妙に飄々とした藤には、大地も少々困り果てる。敵であろうが味方であろうが、近づかねば測れぬ距離があるというものだ。そういった意味では藤の神経は非常に太い。

 

 「んじゃ、小梅ちゃん!宜しく!」

 

 「え?あ、はい!」

 

 火縄がいれば特に案内の必要などないのでは?と、思う小梅のだが、火縄に背中を押されて、浴室方面へとつれて行かれてしまう。

 

 「小梅!」

 

 炎弥が手を伸ばすが、既に時既に遅しである。


 炎弥が鋭児に遠慮している間に、周りはすっかり捌けてしまうのである。

 

 「そ、そうだ芹花さん!」

 

 「後で聖に流してもらうから遠慮するわ……」

 

 そう言って芹花は、炬燵の魔力に負けたように、そのままごろりと倒れ込んでしまう。少なくとも客人としての態度があろうと、聖は思うのだが、芹花はすっかり電池気でである。

 

 聖と芹花の関係は思う以上に進んでいるのだと鋭児は関心してしまう。難しい天聖家において二人はなかなか上手くやっているようだ。

 

 そして芹花にフラれてしまった炎弥は求める助けをすっかり無くしてしまう。

 

 「心配ないわ。氷皇の話じゃ、彼、随分手慣れてるようだから……」

 

 半ば寝言のようにそれでもハッキリと聞こえる声で、芹花は言う。ただし寝転がったままで、すっかりだらけきってしまう。

 

 「炎弥が恥ずかしくないなら……俺は別に……」

 

 敢えて言いはしなかったが、ここまで出かけてきて、何も無しでは、焔に延々と説教されかねない。いや、勿論其れが嫌で言葉を濁しているわけではない。

 

 ただ、「恥ずかしいのなら、止める」という、言葉の選択肢を選ぶことは出来なかった。いや、其れではどのみち、炎弥の選択肢に逃げただけだと、鋭児は首を横に振る。


 随分迷いを振り切るような仕草に、炎弥は少々戸惑う。

 

 「黒野君顔真っ赤だよ……」


 「お互い様……だと思うけど……」

 

 「でも、今慣れてるって……」


 「別に、慣れてないよ。慣れてないけど…………そういう時間を大切にしたいっていうか……なんていうか……」

 

 そう、別に尻尾を振るようにして、彼女達の後ろをついて行く訳ではない。半ば熱に魘されているようなものだが、それでも肌を重ねている互いの時間はかけがえのないものだ。


 特に現状会える時間の短い千霧や炎弥ともなれば、尚のことである。

 

 「ボク……面倒くさいよ?」


 「面倒くさいだなんて……。俺も少しだけでも、炎弥を労りたいって……思ってる。頑張ってきたお前に……隅々まで触れたいって……思ってる」


 「隅々まで……って、そんな……隅々って……」


 「あ……いや、ゴメン言い過ぎた……」

 

 「隅々……ですって……」

 

 何故か芹花がぼそっと呟く。

 

 「芹花さん、ひょっとして姉さんと結構気が合うんじゃないですか!?」


 「ははは……」

 

 聖が否定出来ない笑いを溢す。

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