第2部 第15部 第3話

 藤の靴もいつの間にか、玄関からそこへと回されており、準備は実の用意周到だ。

 

 「若、ショールをお持ち致します」


 「お願い」


 「旦那様や、大原様も少しお待ちくださいませ」

 

 「だ、旦那様って……」

 

 炎弥は鋭児の事をそうハッキリ言われてしまうと、嬉し恥ずかしくなってしまう。要するに炎弥を負かした相手であるというのなら、それに不服はないということだろう。何より炎弥を構っている鋭児の表情は、何とも優しい。彼女の身体の事を十分配慮している。


 それはそれで甘やかしすぎではあると思うが、そういう相手がいても良いではないかと、女性としての幸せを享受しても良いではないかと思うのだ。

 

 

 炎弥や、鋭児達の上着になる物を取りに行く道中――。

 

 「若様はすっかり、黒野様にほの字ですね」

 「大事を成されたのです。それくらいの褒美はあってよいではないですか」

 

 若干ウキウキして見せる小梅に対して、お竹は微笑みながら、そう答える。

 

 用意されたのは、炎弥のストールと、男性物の袢纏だ。屋内でまったりすると決めた聖と、未だにぼうっとした目をしている電池切れ状態の芹花は、しばらくそのままにしておくことになる。

 

 「余り長引くのもなんですし、この見える範囲でいいのではないですか?」


 「そうか?この前みたいに。遮蔽物はないぜ?」


 「良いじゃないですか、小細工無しというのも、楽しいと言いましたよ?」


 「そうだった。そうだった」

 

 そういうと、火縄は拳を作り構える。其れを見て藤も構える。

 

 鋭児は縁側に腰をかけ、その横に炎弥が座る。大地は人一人分席を空け、その後ろから小梅たちが見守るという構図だ。


 廊下が開け放されてしまっているため、障子を閉めていたとしても、聖達のいる居間も、室温を下げ始める。

 

 そんな中、二人は白い息を吐きながら、足下に積もる雪を踏みしめながら、少しずつ互いの間を伺う。

 

 藤は相変わらずボクサースタイルではあるが、軽快なステップはない。この足場ではそんなフットワークをする余裕はない。

 

 火縄の足下の雪が、バラリと跳ね上がると同時に、彼の姿は既にそこにはなく、藤の眼前に迫っており藤は、すり足気味で、二歩ほど下がり、火縄の拳を避ける。


 鼻先をかすめるほどの絶妙な距離感で、無駄無く躱しつつ、一歩二歩と摘める火縄の拳を堅いガードで防ぐ。

 

 大地系の藤が本気でガードをしていることを踏まえ、火縄もまた力加減をしている。


 彼のガードをこじ開けるまでは、全力で拳を振るうことはない。


 下手をすれば拳そのもの痛めかねないためだ。


 リベンジマッチとはいっても要するに、多少なりとも消化不良だったあの時の勝負に形を付けたいだけのことだったのだ。

 

 「黒野君。火縄が怪我をしたらお願いね。依沢もいないし、みんな出稼ぎに出ちゃったりでさ」


 「ああ。いいよ」


 炎弥の頼みを断るはずがない。


 これは純粋な勝負だし、藤と火縄には、それほど遺恨はないし、互いに楽しんでいるのだ。その空気に水を差す必要は無い。なによりこれは公平な条件でなければならない。

 

 火縄の料理の件など些末な事であり、藤がそれを考慮してないわけがない。

 

 なにより、生涯に一度という勝負でもなく、藤は至ってリラックスしおり、カードを固めつつ、最低限の回避で火縄の攻撃を躱し続ける。火縄も十分に藤とのやり取りを楽しんで居るようで、彼をどのように攻略しようかと、不敵に笑いながら、チャンスを虎視眈々と狙っている。


 「藤さんはボクサースタイルで戦うんだね」


 炎弥は藤の戦闘を始めて見る。


 そこから垣間見えることは、そのクールな外見に似合わず、一対一の戦闘を好むと言うことだ。


 本来打撃の速度、及び被弾数を考慮すると、藤の方が不利ではあるのだ。


 ただダメージやスタミナを考慮に入れると、そこは駆け引き次第と言うことだ。

 

 「火縄ー!どうした、攻撃通って無いぞ!」


 「ああ?大将は大人しく見物してて下さいよ!」

 

 この寒空の中、炎弥は妙に燥いでいる。鋭児の顔を見ることが出来たのが嬉しいのもあるが、なによりこうして来客がのある事が彼は嬉しいのだ。

 

 寒い冬空の中、雪を踏みしめる音を立てながらながら、拮抗した攻防を繰り広げる。技などを織り交ぜないため、基本的な身体能力のみでの勝負になるが、鋭児はそれを懐かしくも新鮮に思えた。


 勿論能力者としての戦いは、それだけで成り立つわけではないのだが、心は荒んでいたものの、学園に来るまでの日々が少し懐かしく思えた。


 そして、双方に垣間見えることがある。


 藤はそれを鍛錬しており、火縄は見たとおり我流である、彼を支えているのは矢張り経験値である。風林火山や炎弥とそういうやり取りはしていたのだろう。


 レベルの等しさや、炎弥という存在が彼の戦闘力を作り上げたのだろうが、そのうち藤がジャブを打ち始める。


 当然それは火縄に当たるレベルの速度ではないのだが、火縄のクセを読み始めた証拠だ。


 当たらないのには理由があり、炎の能力者の方が神経を含め、反射速度が速いからだ。もはや其れは動物的な反射神経に等しいが、躱すイメージが動作に、より直結しているのだ。

 

 当然藤もそれは織り込み済みであり、躱されることに対して苛立ちはない。


 織り込み済みといえばそうなるが、彼は大地の能力者としての欠点をよく理解している。よく理解していると言うことは、焦れないと言うことだ。

 

 藤が攻勢に出ており、火縄は軽快なバックステップで其れを躱す。今度は火縄が藤の隙をうかがう番である。

 

 そして次の瞬間、藤が踏み込んだ瞬間、火縄がそれに併せてカウンターを藤の顔面に叩き込む。しかし、そのカウンターこそ、藤が狙っていた最大の好機であり、藤が今までより少し早い速度で同じように火縄の左を掻い潜り、彼の頬にピタリと当てる。


 其れと同時に火縄の拳も藤の顔面でピタリと止まる。

 

 「まぁこんなモノですかね?」


 「態とスピード落としてやがったな?」


 それは本当に僅かなコントロールであるが、藤が火縄にそう思わせていたのだ。尤も前回藤と戦っているだけに、彼が存外くせ者であると言うことは、火縄にも理解出来ていたことだが、このあたりは敢えて勝負に出たのだ。

 

 二人の幕切れに、炎弥は無邪気に拍手を送る。

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