第2章 第15部 第2話
「はは。ノーコメント」
流石に食事の場で、しかも炎弥とそれを語る事は、言い憚れる。それでは男子談議になってしまうではないかと、鋭児は思うし、自分の思い人である焔の身体的長を赤裸々に口にするほど、鋭児は下卑ていない。
「ボクも自信あったんだけどなぁ……」
炎弥の場合は、晒を巻き、軍服を着ているため、今まではわかり辛かったのだが、この日は違う。彼女としてはそれをする必要がなくなったのだ。
「若様、その当たりは今宵にでもお二人で十分にお語らいになさって下さいませ」
「う……うん。そう……だね」
お竹が何を指してそう言っているのかは、炎弥にも十分に理解しており、顔を赤くする。
そうすると、藤がまた眼鏡をキラキラとさせるのだ。その時だけは十分に表情が変わっている。
ただ藤は、ゴシップに強い興味があるわけではなく、大地とは対照的に、着実に子孫繁栄の相手を増やしていることに関心しているのだ。
そして大地をからかう良いネタであるとも思っている。同時に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいとも思っている。
「ま、まぁそれよりまず、火縄と藤さんの勝負だよ!ね!?外は寒いし、いっぱい食べて暖まらなきゃ!」
炎弥の胸には期待感が一杯であるが、同時に彼女は少しその話題を遠ざけたがった。
お竹でなくともその理由は十分理解している。
一度鋭児と添い寝をしているが、それでもその勢いが一度途切れてしまった今、冷静に考えれば炎弥にとって不安が尽きることはない。
よって、敢えて言葉にして後押しをしてみたのだ。
その横で鋭児は、黙々と食事をしている。妙にはしゃいだ炎弥の声が上擦っている事が解らない訳ではない。炎弥の傷ついた心身に対して、自分は向き合い受け止めなければならないと思っている。
鋭児もまた、彼女のズボンの裾が自分の顔をかすめた瞬間の事を忘れられない。
彼女があえて、傷ついたその右手を曝け出して握手を求めたり、それを強調していたのは、そもそも彼女が自分の素肌を唯一曝せる部分がそれだけだったからだ。
人目から隠れたとき、彼女がその心の痛みと向き合っていると思うだけで、鋭児はゾッとする。無論菱家の人々もそれを放置しているわけではない。
だが彼女は彼女であると同時に矢張り、菱家の頭首なのである。自分と同じ年齢の彼女がそんな重荷を背負いながら、こうして前向きに振る舞っている。
菱家としては、どんな手段を用いても、家の繁栄を願っていたことだろう。そして若き頭首を支えたがったのだ。
彼等は強い絆で結ばれている。
ただ黒羽は少々やり過ぎだし、火縄もまた快晴や緑を脅かした。その事については何れ正しい形で、謝意を示してもらわなければならない。
だが、突きつければ炎弥の悲しみが増えるだけである。今はもう少しこの家を見守る必要があると鋭児は思った。
「さて、少々食べ過ぎましたが、まぁ良いでしょう。可愛らしい給仕さんのおかげで、ついつい食が進んでしまいました」
そして、普段クレバーでクールそうな藤が確りと小梅に爽やかな笑顔を見せるのである。そのギャップは彼の甘みを十分引き出していた。
「す……済みません」
「いえ。とても有意義でした。ご馳走様でした」
女性に面しているときの藤は、笑顔を絶やさないように気をつけている。それは決して自身の半面を隠すためであるとかそういうものではなく、彼の心がけのようなものである。
「よし、兄ちゃんリベンジマッチの準備は出来たか?」
「ええ、何時でも」
台所の始末を終えた火縄が、手拭いで手を拭きながら、鋭児達のいる居間に顔を出しつつ、藤に話しかける。だが、リベンジだとすれば身を引かざるを得なかった、火縄の方だろうと、思わず指摘したくなる。
「そちらはいいんですか?」
「ああ?これから一戦やらかそうってのに、シコタマ食う奴なんかいるのか?」
そう言ってニヤリと笑う。
「うわ!火縄汚い!ずっこい!」
炎弥は呆れて物が言えないと言いたげに、火縄の其れに指を指す。
「はははぁ。大将はどっちの味方なんです?」
「其れは其れ、此は此!」
「まぁ良いじゃないですか。リベンジマッチっていっても、俺じゃ庭燃やしちゃいますし、兄ちゃんだって大地系の技モリモリ使える訳じゃないし、語は拳同士のみ……って具合で」
「いいですね。早さの大地系か、堅さの大地系か……。実にシンプルですね。そう言うの嫌いではないですよ」
そう言って、藤はゆっくりと立ち上がる。
「僕と芹花はここで待っておくよ。風邪を引かれても困るしね」
芹花は疲れがたまっているだけで、特に体調を崩していると言うわけではない。それでも能力者がこの寒さでも平然としていられるのは、能力的な差違はあれども、気の力を循環させることで、体温を管理する事が出来るからだ。
「矢張り、外は寒いですね」
雨戸を開くと、そこには津々と降り注いだ雪が積もる、屋内からの明かりで照らされた、白い化粧を施した庭先が見える。
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