第2章 第14部 第23話
思わぬ語りに、一同硬直する。
「そんなはず……ないわ!」
芹花は戸惑い思わず声を張る。炎弥もその事実は知らなかったようで、顔を強ばらせたまま、お竹を唯見つめる。
「左様で御座います。現に卑弥呼様は生きておられますし、此度も無事にその大任を引き継がれたとのことで……。いえ、今は誠に目出度く思いますし、内心安堵している次第で御座います」
お竹自身は、矢張りこれが武家の定めなのだと、悟りを開いているようだった。
「卑弥呼様は怪我をされたと聞かされていましたが、そんな……何かの間違いでは!?」
「存じませぬ。兎に角今は、ご存命でらっしゃった事に、胸を撫で下ろすばかりです。御舘様も、その事については、それきり……」
そう、確かに成したと思った襲撃ではあったが、卑弥呼は事実生きており、それが全てだ。
そして確信したのは、何も菱家だけではなかったのだ。乱戦からの撤退戦など敗走に等しい、武家は崩れつつ、散り散りになり、その場を去った。
何も必要以上の犠牲は出すことはない。最後の花道ではあるが、成すべき事話したのだと、先頭に立った菱家がそれを望んだのだ。
一矢報いた。その誇りを胸に、余生を過ごすのみだったのだ。
謎は残るが、失敗は失敗だ。それもまた天命であると、それ以上は語られる事は無かったということだ。
「えと……その話、ボクも初めてなんだけど……武家の襲撃は失敗したって話しまでしか……?」
「当然で御座います。一命を取り留めたにしろ、影武者だったにしろ、事実は事実。声を大きくした所で、何も変わりません」
「今の卑弥呼様が……替え玉だとしたら?」
「ありません。豊穣祭は神聖な儀式です。天に誓って卑弥呼様がそのような事はなさいませんし、況してや卑弥呼様が偽物などと……」
「それは、僕も保証するよ。何なら陰陽の儀式にかけてもいい」
芹花は真剣な表情で悩む。そう、引っかかっていたのは当にそこなのだ。炎弥が天帝確殺を放った時、その名の通りの技であったのだろうと。
炎弥の行動、性格を踏まえそんな技を開発するに至ったのだろうか?と、そして鋭児の鳳輪脚を相殺し、寧ろ打ち砕くほどの力だ。
しかも、義手である。
いや、寧ろ義手であったからからこそ、躊躇いなく放てたのかも知れない。
「私もまさか若様が、あの技まで習得されているとは、思いも寄りませんでした」
「使うかどうかはさておき、僕は此でも菱家の頭首だからね。技を引き継ぎ後世に残す事もまた、重要な仕事だと思っている。そしてだからこそ、使う事は無いと思っていたんだけどね……」
そして、何故かチラチラと、若干色っぽい視線で鋭児を見つる。
「ゴメンなさい。こう……ずっと気持ちが悪かったのよ。私は能力者ではないけれど、だけれど、あの技を見たときから、まだ知らない何かがある気がして……」
芹花は、座っているにもかかわらず、少しふらりとする。
「芹花さん……」
炎弥も流石に芹花が心配になる。
「今日はみんな泊まっていって。取りあえず、そのまま横になって。ね?」
「そうするわ……」
芹花は、そのまま後ろに倒れ、コタツで眠ることにする。
「ぼくが、天帝確殺を習得したのは、奥義書からだ。だから技の事は知っていても、由来や経緯などを詳しく知っているわけじゃない。勿論命名から、その技が他の態と一線を画していた事は理解している。けれども祖父は、当時の卑弥呼暗殺に失敗した。それだけを聞かされていた」
「そうだね。僕は君を疑いはしないよ」
聖は、炎弥の素直さという面に対して、率直な言葉を述べた。
その時鋭児は、一つはっとするのである。そうそれは卑弥呼の胸にある痣の事だ。直接見た訳ではない。だが確かに彼女にはそれがあると、みどりや焔が言っていた。
鋭児の表情が一瞬変わった事を聖は見逃さない。だが敢えて軽率にその場では聞かなかった。確証のないまま、卑弥呼に関する情報をこの場で、多くを口にするべきではないと思ったからだ。
「炎皇。君もなにか、炎弥さんに用事があったんじゃないのかい?」
そして、鋭児がその話を口にする前に、話題を切り替える。
すると、聖の期待通り、鋭児は再び、ハッとした表情をするのだった。
「そうだった」
「え?なに?」
鋭児が自分に何かを言う。それだけで彼女の目は期待感に満ちてキラキラとしている。何とも無邪気な表情なのだ。
「えっと……、姉さんから頼まれ事だったんだけど、なんていうか、目立たない部分でいいから、髪を一房分もらってきてくれないか?って」
「えっと?」
少し頬に掛かるミディアムボブである髪の毛を指先で摘まみながら、自分の髪の毛に何の用事なのか?と炎弥は思うのだ。ロングヘアなら、目立たない部分から一梳き二梳きする事も容易だろうが、軍服ボクっ娘である炎弥ではあるが、それでも乙女である。
それは間違い無く鋭児の頼みを炎弥が断るはずがないという、明らかにアリスの策略である。
「ん~……」
それでも炎弥は少々考える。
「何に使うの?」
「ゴメン。姉さんがナイショだって。言ってくれないんだ。でも、呪いの件とは、全く関係ないらしい」
「他に代案とか?」
「え……っと」
急に鋭児がモジモジし始める。
「え?なに?」
「本当は……ら……卵子が一番いいって……」
それを聞いて、小梅と大地が赤面する。藤は急に眼鏡をキラキラとさせ始めるのだった。お茶を啜るのは、聖とお竹である。
「ら……卵子ってその……え?受精卵……てこと?」
鋭児はコクリと頷く。
「そ……それは、吝かではな……ないけど?」
そして、隣の鋭児とお竹の方を幾度かチラリチラリと、頬を赤らめながら目配せをする。
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