第2章 第14部 最終話
落ち着いたフリをして茶を啜ろうとした大地は、思わずそれをふき溢してしまう。すると小梅が慌てて、大地の背をさすりにきてくれ、すぐに大地を世話してくれるのである。
「す……すまない……ゴホゴホ……」
「そ……それで有精卵は……い……幾つほしいの?」
鋭児は、炎弥の耳元で、こそこそとそれを口にする。
「え?沢山!?でもでも……ええ……」
「ゆ……有精卵は、若様でなければだめなのですか?」
小梅がとんでもない事を口走り始める。すると、さらに藤の眼鏡がキラキラとし始めるのだ。
「でしたら、炎皇がここに来る理由はありませんね……」
藤が嬉しそうに適確な回答をする。
「ったく。アイツは……」
今頃、自分達の状況をぬるりと楽しんでいるアリスがいることを、大地は察する。というより、我慢仕切れずに、ワクワクとしたアリスちゃんが、鋭児の肩口から見え隠れしているのだ。
「何をなさるかは、お尋ねはしませんが、それは子を流す事にもなります故、菱家の重鎮として、苦言を申し上げます」
「ですよね……だからやっぱり、髪の毛の方を……少しいただけますか?」
鋭児は、炎弥にではなくお竹に断りを入れる。
「小梅ちゃーん!ガスコンロ頼むわー!」
遠くから、火縄の大声が聞こえる。
「はーい!」
そう言うと、小梅は会釈をしながら、忙しげに走って行くのであった。
「オレも、ちょっと頭冷やしてくる」
大地がフラフラと歩き始めると、お竹もスクリと立ち、大地を表の案内役を買って出る。
少しして、火縄が煮える大鍋を両手に持ち、小梅が化セットボンベのコンロをその部屋にまでやってくる。
「客人。まぁ暖まって行ってくれよ。それと、お前との決着、近々つけてぇな」
「ええ。いいですよ。前回よりも気持ちの良い勝負が出来そうですしね」
藤はそれをすんなり受ける。
藤は特に勝ち負けには拘っていなかった。それを拘り始めたとすれば、六皇クラスには勝てない訳だし、強い人間はどうあがいても強いのだ。
勿論、研鑽そのものを怠るわけではない。よりよい分析が出来る相手がいればそれで良いのだ。そういう意味では火縄はある意味ちょうど良い。
「それでは、食後の運動でどうよ?」
「この寒空にですか?」
「炎の能力者はよ。いつでも此処が滾ってんだ。こんな寒空なんて事ねぇよ」
「さっきまで、寒がってたじゃないですか……」
小梅は思わず呆れてしまう。
「さっきは気合いが入ってなかったんだよ!気合い!」
「火縄さんは……はぁ」
小梅は思わずため息をついてしまう。火縄は興味の対象となると、執着が強いようだ。
その一方、大地は寒空の中、雪で顔を洗っていた。余りにも生々しい会話をするものだから、頭がすっかりのぼせ上がってしまったのだ。
「駄目だな……」
「気が済みましたか?」
「ええ。済みません。どうもああいう話題は苦手でして」
大地ははにかみながら笑う。アリスとの関係は深まりつつあるが、いや寧ろそれがあるからこそ、恥じらい乱される炎弥を思わず想像してしまったのである。
それは勿論失礼なことではあるが、ついつい強請るアリスと重ねてしまうのである。
大地の誠実な人柄を見て、お竹は少し気を緩め、少しポーカーフェイスを崩し、クスリと声を立てる。
「大地系の方は、なぜか貴方様のような方が多いですね。岳獅もそうですが、真面目で誠実で頑なで……」
「はぁ……」
称揚は有難いことだが、大地は急なそれに、若干その意を理解しかねた。
「どうです?ウチの小梅、孫贔屓も過ぎるでしょうが、よく出来た子ですよ?」
「あ……いや。申し訳ないですが、一応心に決めた女がいまして……」
それが目的かと、大地は思わずたじろいでしまう。すると、お竹は少々ガッカリした表情をする。
だが、大地はすぐに理解する。
お竹は老齢だ。せめて孫の行く末を目にして、隠遁したいのだと。その上で菱家の安泰を願っているし、確かに大地ほどの能力者であれば、申し分ないのだろう。
「菱家には、いないんですか?」
「いえ。人だけでいえば、さほど問題はないのですが、風林火山の跡継ぎとして、矢張りより良い方をと……それに、家族付き合いが過ぎまして、どうも小梅にはその気が無いようですし、岳獅さんでは、年齢が離れすぎています。矢張り若人同士が、一番だと……」
老女の心配事となると、大地は放っておけない。
すると、何時までもフラフラとしている藤の顔がピンと頭の中に思い浮かぶ。
「その案件、預からせてもらえますか?」
「はい。ですが」
「解っています。大丈夫それなりの人材ですから」
そう言うと、大地は珍しく悪い顔をする。
こと、恋愛関連にかんしてはいつも藤にからかわれてばかりである。確かに藤はスマートであるし、武闘派の多い学園内において、知性派である。
そういう面で、女子受けもいいのだが、そのノリは、非常に軽く浮ついたものに、大地は思えたのだ。
藤はそれを傘に来ているわけではないが、それでも大地の付き人としても有名な藤には、割とミーハーな声が多いのだ。
一見大地の事ばかり世話をしている藤であるが、マルチタスクが得意で、実に小器用である。
「失礼ですが、あの火縄さんは、どう思われます?」
「火縄さんですか?そうですね。実力は申し分ないのですが、、矢張り小梅とは年が離れすぎていますし……」
そう、要するにそれクラスなら、問題ないのである。だとしたら藤は問題ないだろうと思う。
「解りました。良い回答が得られるかは、別として席は近々設けたいと思います」
その返事を聞くと、お竹は妙に和やかになり、ウンウンと頷くのであった。大地の顔が余程自信ありげに思えたに違いない。
「火縄さんも調理を終えたようですし、中へ戻っては如何ですか?」
「そうですね……」
そして、大地も妙に乗り気なのである。
そして、大地が室内に戻ると、既に食事は始められており、芹花が聖に世話をされながら、モソモソと鍋を食べている。
世話役は小梅といったところで、具材の追加やとりわけなどをしてくれている。
火縄はいないようだ。
「藤。此が終わったら少し話しがあるんだが……」
「ああ、済みません実は先ほど先約が入りまして……」
「先約?」
「ええ、火縄さんが以前の勝敗を付けたいと、仰っていましたので、食後の運動がてら、軽く手合わせをしようとのことで……」
「ほほう?」
「なんです?」
「いや、まぁそうだな。園外でそういう刺激もいいかもしれんなと思ってな……」
「怪しいですね……」
「そんなことは無い……。そうだ、その勝負オレが審判をしてもいいか?」
「おやおや。前回の炎皇と炎弥さんの試合で、興味が沸いたのですか?」
「ああ?ああ、そんなところだ。一傍観者ではなく、観覧者でありながら、その勝負に関わる醍醐味というのも、なかなか……な」
「ふふ。珍しくなにを画策しているのかは解りませんが、貴方のジャッジが公平であると私も思いますので、異論はありませんよ」
「さ、さて……猪鍋か、暖まりそうだな……」
大地は若干ごまかし気味に、藤の横に座り、港鍋をつつき始めるのだった。
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