第2章 第14部 第20話

 数時間後、漸く自室に戻る事の出来た芹花は、スーツ姿のままベッドの上に仰向けになり、腕で目元を覆う。


 室内の照明が嫌に気になったのだ。

 

 何故か炎弥の放った天帝確殺という技が気になって仕方が無い。


 禁書庫の解析は、聖に任せている。天聖家にとって重要な記録は全てそこに収められている。


 何故それほど、曾祖母は怒りに任せなければならなかったのか。勿論卑弥呼を危機にさらした武家を取り逃がした事も、その要因の一つだろう。


 「ああ、ダメダメ。動かずに考えるだけにしようとしている、矢張り炎弥さんに会うべきね。互いの顔を見て、確りと話し合うべきだわ。嘘をつける子ではないのだし……」


 芹花はそのまま眠りについてしまうのだった。

 

 「芹花……」

 

 途切れた記憶の中、急に自分の名を呼ぶ声がする。そして、身体を揺すられる。


 自分を起こしたのは、聖だった。


 結局そのまま眠ってしまったらしい。


 「女性の寝室に許可無く入るなんて、悪い人……」


 「何を言ってるんだい。起きないときは起こしてくれと、君が言っていたんだろ?」


 「冗談よ。シャワーを浴びてくるわ……」


 芹花が自分で動く理由は幾つかある。行動そのものは知られたとしても、同行する相手に、あまり足跡で掴んだ内容までを知られたくないからだ。


 天聖家の中には、自分を理解してくれている人間も多いが、祖母である香耶乃に、影響を受けている者達も多い。よって、行動の殆どは聖以外とする事は無い。


 当然聖も学業を放り出すことにもなってしまうのだが、それでもこれは芹那と自分でしかなし得ないことだと思っている。優先すべき順位を間違えてはならない。


 そして単純に黒野の里へ行き、その呪いを浄化してしまうというだけでは、確かに結果として炎弥との約束を果たしたことになるが、その経緯は不問に付したに等しい。


 夜叉家の当主は、自分に託すと言っていた。彼女が香耶乃につく事は考えづらいが、香耶乃が天聖の名誉だけに固執し意地になる事が唯一気がかりである。


 余り長く時間を掛けることもままならない。

 

 「さっぱりしたわ……」

 

 シャワー上がりの彼女は、純白のバスローブ一枚である。


 そして、そのままの姿で、自室に運び込まれた朝食を、聖と摂るのである。朝食の内容は、食パンにサラダ、サニーサイドアップのハムエッグである。


 オーソドックスで、さっくりとしたものだ。


 コーヒーはブラックでもよいのだが、リラクゼーションもかねて、ミルク入と砂糖が入ったものが用意されている。


 「ねぇ、炎皇の鳳輪脚を受けてみてよ」


 「いや……何を唐突に……イヤだよ。あれは……」


 「でも、炎弥さんは受けたわよ?彼女は強い人材ではあるけど、やや六皇のレベルではないわ」


 「それは、彼女が義手義足というハンディも含まれての事だけど、それでも相殺仕切った事に関しては、彼女はそれが壊れるのも厭わず、連続攻撃の後にあの技を放っているからだからね。炎皇だって、完全な状態であの技を放っているわけではない。と……まぁ、意外に終の一撃というのは、最大奥義でありつつ、完璧な状態で放てる事なんて、希ではあるんだけどね」


 「それは、解らなくもないけど……」


 「君の言うのはアレだろ?実際に受けて、ダメージ計測しろってことだろ?」


 「ええまぁ……そうなるけど……」


 「自分が言っている意味分かってる?」


 聖はクスクスと笑いながら、再度それを問うと、流石に芹花もマンジリと考えるのである。


 「悪かったわ」


 聖には加護がある。その力で戦闘力をブーストする事は出来るが、だからといって彼等のような遠距離攻撃まで多用できるようになるわけではない。

 

 「だいぶ疲れてるようだね」


 「そうね。認めるわ。でもこれだけは自分でやりきってしまいたいのよ」


 「僕も車の免許を取らなきゃ……かな」


 「そうね。頼めるかしら?」


 「でもまぁ、今日の所は、少し助っ人を借りてきたんだ。既に表で待ってくれている」


 「え?」


 「慌てないで。朝食を終えて、髪も確り乾かして、それから……」

 

 芹花は、少しぽかんとしながら、聖の言うとおり、朝食を済ませ、髪を乾かし、白いタイトなスーツに身を包み、いつも通りキリッと引き締まった彼女の表情になる。

 

 そして、芹花の邸宅の前には、一台のワンボックスが止まっていた。それは間違い無く藤の車である。


 「地皇の?」


 「信用出来るし、問題ないだろ?車も大きいし……」


 「早く乗れよ……」


 級に呼び出された大地は若干不機嫌だ。だが、話しそのものは気になっていたところだ。


 そして、聖が後部座席に乗り込もうと、スライドドアを引き開けると、そこには鋭児が据わらされていた。


 鋭児は特に不機嫌ではない。ただ、呼び出したのは聖である。


 「彼女に手見上げと言えば、これ以上の品はないだろうからね」


 「オレは物ですか?まぁ炎弥の顔も見たかったから、いいですけど」


 「悪かった。アリスでも良かったんだけどね。君の方が一石二鳥なのは、間違い無い」

 

 聖のいう一石二鳥が何であるのかは、鋭児には分からなかった。だがそれは菱家につけば解る事だろう。

 

 「全く……珍しく電話を掛けてきたと思ったら……」

 

 大地はすっかり呆れている。ただ、後部座席に乗車するなり、芹花は聖に凭れかかった眠りについてしまった。それだけ彼女が疲れているということだ。


 「そんなに呪いの件は複雑なのか?」


 「いや、複雑というよりか、ケジメの問題だそうだ」


 「ケジメ……か」


 芹花は、天聖家の柵を自分の代で全て解決してしまいたいらしい。その中にあるのが武家との関係である。

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