第2章 第14部 第19話
並んでいるアリスはあくまで、天聖家と夜叉家の橋渡し役であり、特に会話に加わる事はない。
「文献の中にこうありました。『散り散りになった家の者を集め、その矛とする……』と、矛とは、間違い無く『呪い』の事を表しておりますが、抑も天聖家の役割からして、それほど大がかりな呪術を組むことは出来ません。可能とであるならそれは矢張り、夜叉家の生業となりますが……私の想像に間違いはありませんね?」
何故そうなのか、それは祝儀に置いては、天聖家が担い、呪い事は、夜叉家が担う。陰陽の関係にある両家はそうした分業を長年にわたり続けてきたからだ。
直接的なものならまだしも、指向性を持ち尚且つ、複雑な経路を持った術となると、仕込みを含め、夜叉家の指示無くしては、管理が出来なくなる。
そして、その管理をその意図を知ることなく、黒野の里が行っている事になる。
「香耶乃とて、天聖家の使命を引き継いでいるにしか過ぎません」
「それは理解しています。祖母が天聖家の隆盛に寄与せんと、頑なにその使命を畑さんとしてきたことを。ですが、新しい時代はもう来ています。何時までも仇敵と忌みてばかりいた結果、また傲慢に膨れすぎた自尊心こそが、あの顛末ではありませんか?」
これに対して、彼女は口を閉ざす。だが閉口ではない。ただ返す言葉がないのだ。しかし少しすると、一度深く息を吸い込んだ。
「これは私が知りうる、伝聞でしかありませんが、それはもう香耶乃様の母君である、匂梅様は、酷く乱心されたそうです。卑弥呼様に手傷を負わせた武家の者達を、根絶やしにせんとあらゆる策を画策されました。その命は四家にまで届かんとしていたのですが……」
「夜叉家の先代が?」
「そう聞いています」
「では、呪いの仕組みそのものは、夜叉家が組んだもので間違いありませんね?」
「間違いありません。天聖の持つ書に記されてある通りで御座います。ただ……」
「ただ?」
「その憎悪そのものは、紛うこと無き、匂梅さまのものです」
それを聞くと、流石の芹花も愕然とする。
つまり、呪いの仕組み以前にその強い念は、自分の曾祖母のものであると知ったのだ。それは一時の錯乱ではなく、今も確りと根付いている。だからこそ、呪いの指向性は失われない。
「もう一つ……」
聖が言う。
「散り散りになった、家の者というのは、鳳家で間違いないですね?」
聖が強く念を押すようにハッキリとした言葉遣いで、強く彼女に聞くと、コクリと頷くのであった。
芹花はある程度の事実は覚悟していたのだ。
だがその念を支えていたのが、まさか曾祖母の一念のみであったことは、衝撃に尽きる。
「私からももう一つ……鳳家の一部が黒野の里に身を寄せたことに関係は?」
「その事については、紛うこと無き偶然でしょう」
「天に誓えますか?」
「出来ることならば、沈黙を守り墓場まで持って行きたい事実ではあります。ですが、互いの家に禁書として残り続け、子々孫々に及び、業を背負わせ続ける事も無いでしょう。若い貴女がそれを断ち切ると仰るのです、偽る事などありません。寧ろ我らが諫めるべきだったのではと、今更ながらに恥じております」
どうやら、彼女がウソを言っている様子はない、それは芹花も聖も感じる所である。
「アリス、試して見ますか?」
「いえ……」
アリスは首を横に振る。自分に呪いを掛け、その真意を問うても良いと彼女は言っているのである。だがアリスは首を横に振る。
黒野家、鳳家に纏わることは、同時にアリスにも関わる事である。彼女が鋭児の実姉であると判明した時から、この柵に強く関わることは、彼女も十分に理解していた。
そしてこの日が来ることもだ。
陰に携わるものであるからこそ、その引き際に誠実でありたいのだ。でなければ、その末路は更に見苦しいものとなりかねない。
芹花、聖、アリスは、夜叉家を後にする。
「アリス。全てが終わり次第。私を煮るなり焼くなり好きにするといいわ」
「落ち着きなよ芹花」
「腹が立つのよ。何も知らなかった自分に。何れ知る事になるであろう事実だとして、猫を被るためとはいえ、もっと早くそれに触れなければならなかったのよ」
「でもまぁ、そのおかげで君は今こうして動ける」
芹花はつい早足で歩いてしまう。そういう意味では、アリスも聖も歩みはゆっくりとしている。
それでも、芹花が車の前に到着し、二人がそれに追いつくまでには、さほど時間がかかることはなかった。芹花は基本的に、ハンドルを誰かに任せることはない。聖が横に、アリスが後部座席に乗ると、車は走り出す。
「どうする?このまま、菱家にでも乗り込むのかい?」
「どうしようかしらね……」
聖の問いかけに、芹花はため息交じりに、シートに身体を預ける。
「どこかのサービスエリアでもよってくかい?」
「そうね……」
そういうと、芹花は車を走らせるのであった。
「所で、菱家にはアポイントを取っているの?」
「まだ、決めかねているのよ」
アリスは予定外に、自分も連れ出されるのではないかと思いつつ、尋ねて見る。ただし表情を変えることはなかった。
「彼の……いえ、炎弥さんの技で一つ気になってたのよ」
「天帝確殺かい?」
「そう、それ」
「聖はあの攻撃どう思う?」
「どう思うと言われても……ね」
聖は若干言い渋る。それは名前の通りだからだ。何のためにその技が開発されたのか?という経緯だ。何より鋭児の鳳輪脚を貫いたその威力だ。
炎弥はそれを義手で放っていた。
ただし、その直後にダメージの蓄積した炎弥の義手は壊れてしまうのだが――――。
「少なくとも、炎弥さんは卑弥呼様に向かって放ったわけではない……というところかな」
「……」
炎弥がそれを鋭児に向けて放ったのは、鋭児の鳳輪脚を相殺するには、その技しかないと思ったからだ。そしてそれは正しい判断だったのだろう。
芹花は推論を嫌った。
現在自分と彼女は特段牽制し合う仲ではない。寧ろ信頼は得ているはずだと、芹花は思う。過去の争いにおいて、それは柵であり、どちらかの善悪を正してもどうしようもないのだ。
「駄目ね。疲れていて思考が煩雑になりそうだわ。一度戻ってからにしいしょう」
彼女達は一度、学園を経由し、天聖家へと戻る事にするのだった。
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