第2章 第14部 第17話

 いくら煌壮が現金で脳天気だといっても、流石に泊まりがけで鋭児に甘えるほどの神経の図太さは持ち合わせておらず、その日は藤に送られることとなった。


 当然美箏も高等部へと戻ることとなる。


 「鋭児君心配してた」


 美箏がその一言を切り出す。


 「なんか……ゴメン……」


 「私に謝っても仕方がないよ?」


 「明日鋭児兄にも謝っとく」


 「うん」


 「けどさ……わっかんねぇんだよな。鋭児兄を崩せると思ったんだよ」


 「崩……せる?」


 「炎弥戦の時、鋭児兄が気を乱して、隙作ったろ?アレを再現させてみたかったんだよ。したら逆に、鋭児兄足払いばっか仕掛けて、全然形作らせてくれねぇんだ。んでだよ」


 煌壮はそれを悔しがった。自分も成長しているはずだし、間合いも互いに解り始めているというのに、何故かそんなことばかりが続いてしまったのだ。


 「そっか……」


 美箏には技術的な事は解らない。だが鋭児の事は解る。


 鋭児は豪快に技を見せていたようで、その実炎弥には可成り神経を割いていた。


 理由は幾つかある。まず、鋭児は炎弥が心底戦いたいと思っている相手ではないと言うことだ。抑も鋭児は誰かを守るために、拳を振るうのだし、彼の持つ力ほど彼は好戦的ではない。


 ただ、琴線に触れたとき、彼は間違い無くその力を躊躇いなく振るう。


 心底戦いたい相手ではないといっても、彼女が強者だったことは間違い無く、興味の沸かない相手ではない。


 ただ、彼女には隻眼というハンディがあった。死角からの攻撃で思わぬ大けがをさせかねない可能性があり、また状況によっては右目の失明すらあり得る。

 彼女にそれ以上のハンディを背負わせるわけにはいかなかった。

 

 それと同時に、六家や東雲家、焔から受け継いだ炎皇という地位に対して、譲れないものがあった。戦うべき相手ではあったのだ。

 

 「鋭児君は、それだけキラちゃんを信用してるんだよ」


 美箏は複雑な気持ちを持ちながらもニコリとして煌壮に微笑み掛ける。


 そんな答えを返されたものだから、煌壮は驚いたまま目を丸くして、若干睨みがちになりながら、美箏を見つめる。


 考えなかった答えだった。


 「それに多分、キラちゃんそればっかり考えてたんでしょ?」


 「う……うん」


 「結構素直な性格してるから、意図はわからないまでも、一定方向の狙いが、他を疎かにしちゃったんじゃないかな?集中しすぎたとか……」


 「うん……」


 言われてしまえばそうだ。執拗にその隙を生み出す事に集中しすぎていた。そしてそれが出来ると思っていたのだ。だが前提そのものが違っていた。


 「炎弥さんは、初めての相手だったし、あれだけ華奢な子だったら、鋭児君は躊躇っちゃうよね。そう見せないようにいしてても、心の中ではやっぱり、気にしてたんだよ」


 美箏がそっと自分の胸を押さえて、自分自身に鈍い鋭児の心の内を自分に反映させる。


 「うん。そういう鋭児君だから、私は小さい頃から、ずっと好きだったの。でも叔父さんと叔母さんが死んじゃって、鋭児君は悲しみが過ぎて、自分を閉ざしちゃって……」


 その心を開く事ができなかった自分が悲しくも悔しくもある。


 だから、焔や吹雪と笑い合っていた鋭児をみて、自分に出来ない事を彼女達が短期間で成し遂げてしまったことに、ショックだった。ただ認めてもいた。


 鋭児が幸せであるならそれで良いと思った。


 「オレ……ホントバカだ……小せぇ……」


 煌壮は悔し泣きをする。焔の言っていた意味がわかったし、今日の吹雪特訓に対して、遠慮が無いのも、そういった時間があったからだ。


 互いの実力を認め合っている仲なのである。


 「美箏さんはいいお姉さんですね」


 煌壮に対してのその態度に藤は思わず美箏を褒めてしまう。


 「んーん。キラちゃんは、こっちにきてから凄く助けてくれてるもの。とても心根の優しい子なんだなって」


 煌壮はそのまま何も言葉にする事も無く、ただ悔し泣きをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る