第2章 第14部 第15話

 「うん。悪くねぇな」


 「けど、鋭児兄が崩れねぇんだ……なんでだ!」


 ここで、焔は彼女が何を言いたいのか良く理解出来た。彼女が言う鋭児が崩れるというのは、炎弥戦で見せたときのような、気の隙である。


 煌壮はそれを誘いたかったのだ。


 「お前ホントバカだなぁ。もう帰れ!」


 そう言って、焔は大きく回し下痢で煌壮を牽制して、彼女の動きを止める。


 「んでだよ!いま悪くないっていったじゃんか!」


 「テメェ。アイツと毎日なにしてんだよ」


 「な……なにって。お昼寝一緒にしてたり、ご飯くったり……なでなでしてもらったり!?」


 「それで解らないなら、お前どうかしてるわ……」


 そして、焔はまるで子犬を追い払うかのように、煌壮をあしらうのである。


 焔は煌壮の惚気に対して、文句を一切言わなかった。寧ろ日中鋭児と過ごしている彼女がそれを解らない事に、呆れたのである。

 

 「ふふ。焔!交代!」

 

 そして助け船を出すのはアリスのである。


 「ったく。バカが……」


 「ふふ」


 すれ違う焔がイライラし始めるのとは対象にアリスは、クスクスとそれを割って煌壮に近づいてくる。


 「アリスちゃん!」


 煌壮は本当に何が何だか解らなくなってしまったのだ。自分を悪くないと評価した焔が、急にその気を無くしてしまったことが尚解らない。


 ただ、以前のように一人で抱え込んでしまう事は無く、アリスに視線で訴えかける。


 「鋭児は優しいでしょ?」


 「うん……」


 「あの子が闘士に向かないのは、そういうところなのよ。理由無く誰かを傷つける事はしたくないのよ」


 「いや、でも!」


 そんなことは無い。鋭児は遠慮無く自分を攻めていたし。幾度も隙を突かれて脚を救われたりした。正直可成り地味な攻撃で、負かされている。


 正直闘士を目指す煌壮としては、中々屈辱的な負け方なのではあるが、どうしてそういう負け方になっているのか、彼女は解らないのだ。


 しかし、それはそんな隙を作っている自分が悪いからであり、そこで鋭児を責めるわけではないのだ。


 じれったいのである。


 「まぁ見るのも勉強だから、少し見ていきなさい」


 「うん」


 焔土地が良いアリスはこうなのだ。出来た長女と言われれば、本当にそうで、意気消沈としながらも、木在かは素直にアリスに従うのである。

 

 「あれ?風雅さん素戔嗚ださねぇの?」


 などと焔は煽る。


 「いやいや。吹雪ちゃんの守備が強固でも、元皇含めて、この手勢でそれは無しでしょ」


 流石に風雅も焔のその提案には、引いてしまう。

 

 基本的に、体術中心の組み手ではあるが、それでも四対一である。吹雪はしなやかにそれを受け止め躱すが、流石に余裕がない。


 抑も体幹は優れていても、彼女自身は六皇の中でも非力である。能力面に優れている事が彼女の強みであるが、それを極限まで使える相手となると、矢張りこのメンバーに限られてしまうのだ。


 そうなると、身体面の非力さが、あからさまに露呈してしまうのである。

 

 その事については、誰を置いても同じだと言えるのだが、焔と吹雪がこうしてこんな場面に顔を出すことが出来るようになったのは、二人が大学生になったからでもあり、一光の件が一つケリがついたからでもある。

 

 尤も、その遺恨の相手となっていた聖は、この場にはいない。

 

 「はぁ……はぁ……もう……限界!」

 

 吹雪が珍しく酸素不足になっている。そして、余り汗を流すことのない彼女が、汗まみれになっているのも、本当に珍しい。


 彼女は貯まらず、その場にしゃがみ込み、ひたすら激しい呼吸を繰り返している。

 

 「ははぁん。鋭児の上以外で、そんだけ汗だくになるのも珍しいな」


 などと、焔はよからぬ想像を交える。


 「くうぅぅ!吹雪ちゃんがあぁあ!」


 風雅は思わず悔しがる。


 「焔下品!」


 呼吸の合間に漸く注意をする吹雪である。

 

 「藤さんは、混ざらなくてもよかったんだ?」


 「あんなの混じって大丈夫だとおもいます?僕一般人ですよ?」


 「いやまぁうん……」


 藤も弱くはないが、確かに六皇クラスが本気で特訓している所に彼が混ざったとしても、足手まといになり兼ねない。そして一対一ならまだしも、同じく煌壮も長時間耐えられるとは思えない。


 焔と鋭児のしごきで、それは実感している所だ。

 

 「で?納得いったのか?」


 「ぜん……ぜん……」

 

 「お前が、気にすることじゃない」


 「気にするというか、しないというか……」


 大地の慰めに対して、吹雪は呼吸を戻しながらそう答える。ただ、内容は漠然としている。

 

 「あれだろ?ほしいのは、三百六十度の視界と、咄嗟の時の的確な判断だろ?黒羽の時に、僅かに躊躇った」


 「うん」

 

 美箏に手柄を奪われたことが悔しいのではない。美箏が黒羽の不意を突けたからこそ、あの場は危機から免れた。


 ただ、アリスは吹雪にそれを求めなかった。それに対する警告を吹雪には出さなかったのだ。


 それは結果として卑弥呼が助かることを認識していたからだが、あの結果だからこそ、吹雪はやる気を出しているし、美箏には自信がつき、評価も上がった。

 

 自分自身のためならば、少々反応が遅れても立て直すことの出来る吹雪だが、他人の命を預かると言う意味を、より実感したのだ。


 躊躇は決して許されない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る