第2章 第14部 第14話
「こら!」
珍しく鋭児が煌壮に対して本気で怒る視線を見せる。だが周囲から見れば、本当にやんちゃな妹を叱る兄のようにしか見えない。
ただ、それまでの過程がなかなかのもので、二人が普段それほどの運動量を持って稽古をしている事に、驚きを隠せない。
此に関しては実演も兼ねてのことで、普段どうせ勝ち目のない炎皇だと、諦めを見せ。それに対して、今一本気を見せない一年生に、喝を入れたかったのだ。
「今日はもういい!焔姉の所いって、気分変えてくる!」
煌壮は珍しく、鋭児のそれを嫌い、彼の腕からぴょんと飛び退いて、そのまま部屋に戻って行くのである。
「おい!キラ!」
煌壮は完全に拗ねてしまった。つまりそれだけ彼女は再び自分の成長に鈍化を感じているということである。こういう時は彼女の悪い傾向である。
「キラちゃんいっちゃいましたねぇ……」
灱炉環が鋭児の側に寄り、若干困り顔をする。
「それでは、炎皇様ご指導お願い致します」
その代役を自分が務めると、灱炉環が申し出てくれたのだ。
「灱炉環ちゃん、硬貨弾使って良いよ」
「あはは。お小遣いが……」
つまり、殺傷能力の高いその技を使うということであるが、灱炉環は鋭児に怪我をさせることより、使用する十円玉の事を心配するのだった。
「んでだよ!俺結構良い感じで攻めてたぞ!?」
煌壮はブツブツ文句いいつつ、シャワーを浴びる。それは勿論炎皇の間だ。その当たりはブレない。そして一通り汗を洗い落とすと、そのままベッドにダイブするな。
そして、ベッドに顔を埋めて、一呼吸入れる。
「やっぱさっきまでのフレッシュな鋭児兄成分が……」
鋭児には腹を立てつつも、そこだけは外せない煌壮だった。
煌壮は改めて、バスに揺られ出かける事にする。着衣は鋭児の長袖のTシャツや、ジーンズで、流石に冬場のジャケットは、自前のスカジャンだった。
それまで鋭児のものを着てしまうと、流石に七五三状態になってしまうためだ。そこが悔やまれるところである。
「オレも免許取ろうかなぁ。鋭児兄は来年車取るっていってたから、バイクはお下がりをもらうとして……」
独り言を言いつつ、揺られる事三十分ほどが経ち、煌壮は大学部の門の前に到着する。
そして、煌壮はスマートフォンを取り出し、そこから焔に電話を掛ける。
「あ、焔姉?オレ。ちょっとそこまで来てるんだけどさ、多分今身体を動かしてる時間帯かなーってさ。ああ、うん。ちょっとね……」
煌壮は焔との通話を終えて、彼女のいるところまで尋ねる事にする。
すると、そこには蒼々たるメンバーが顔を連ねている。
アリスに大地は勿論、吹雪もあの風雅もいる。そして藤もいる。大地いるところ彼ありである。
「うぉ……、空気が濃い!」
流石にこれは煌壮も戦々恐々としてしまうのだたった。
「んだよ。テメェ鋭児に扱かれてたんじゃねぇのかよ……」
「ああ……うん」
何ともばつの悪そうな煌壮が若干俯き気味気味に、上目使いで焔を一度チラリと見て、もう一度下に視線を落とす。
「逃げてきたのか?」
あからさまに不機嫌な焔である。
「まぁまぁ日向ちゃん。落ち着きなよ」
女の子が悄げているとなれば、一番甘い言葉を吐き出すのは風雅である。
別に煌壮に色目を使う訳ではないが、矢張り女性同士がいがみ合う場面を、義人は思わないのだ。
「ち……。で?」
「いや、ちょっと稽古付けてほしいなぁって」
「んじゃまぁ。続きオレ等でやっとくから」
「ああ。わりぃな」
「あ、なんか急がしかった?」
「ああん?まぁ吹雪がちょっと、がっつりやりたいってよ。珍しいだろ?まぁ解るんだけどよ」
「ふぅん……」
そう言っている、目と鼻先で、吹雪が皆に頭を下げながら、彼等の協力を仰いでいる。
「で?稽古なんだろ?」
「今日はいい線いってたと思ってたんだよ。けど、悉く不発で、こうイライラしちゃってさ」
話は理解出来た。だがイメージが理解出来たわけではない。煌壮の成長に関しては知らない焔ではない。確かに彼女の言うとおり、伸びていはいるが、以前のように躍進的に感じなくなってきたのだろう。
それに相手が鋭児ばかりでは、成長度合いより慣れを感じてしまうのも仕方の無いことだ。
「ほらよ……」
焔が軽く構える。思ったよりも、快い対応だったことに、煌壮は少々驚きはしたが、同じように軽く腰を下ろし、構える。
「所でお前、それでやんの?」
焔は若干それがおかしく思った。特に呆れているわけではない。煌壮はすっかり鋭児の服が気に入ってしまっているからだ。
「うん」
「解った」
そう言っている焔は、Tシャツとスパッツと非常に動きやすい格好をしている。
そして、打撃から入る。打ち合い牽制しあい、叩き躱し、煌壮のそれは確かに以前よりキレがあり、彼女が言うように、間違い無く悪くない。
それによく見えている。
一方煌壮からみた焔は、鋭児に比べて俄に速度が緩い。以前は思わなかった感覚だ。
だからといって、自分の方が優れているわけではなく、矢張り純粋な筋肉量、体格では焔の方が優れている。
だが、気を読むセンスという意味では煌壮は、先読みができ、その差を埋める事は十分出来た。
ただ、焔はなかなか技に入るタイミングをくれない。
自分が何かを仕掛けるために、僅かに空ける距離などを絶妙に詰めてくるのだ。それが詰めると見せかけるフェイクであったとしても、引かざるを得なくなる瞬間がある。
つまり、確りと打撃の中で、焔を崩していかなくてはならない。
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