第2章 第14部 第13話

 ――――手紙。

 

 この手紙は、約束通り帰省後に必ずお読み頂くよう宜しくお願いします。


 炎弥の眼の治療は完了してしますが、まずは光に十分慣らし、リハビリを行って頂くようお願い致します。


 ただ、申し訳なく思ったのは、本来彼女の持つ虹彩の色の再現までは不可能でした。恐らく鳳凰の力を注ぎ込んだ影響であると思われ、構造の複雑さなどにより、その後遺症は避けられず、多かれ少なかれ、その影響を受けたものだと、ご理解頂きたく思います。

 

 黒野鋭児――――。

 

 黒羽はその手紙を渡され、放心状態になりながら、炎弥をただ眺める。

 

 「はは……まだ、ぼんやりだけどちゃんと、依沢も征嵐も見えるよ?」

 

 そう言った炎弥の左目の光彩は赤みがかっている。色合いはワインレッドに近い。鳳凰の印はないが、その眼球はその影響を受けてしまっているらしい。ただ、機能は正常で炎弥は確かにその視界を感じ入る事が出来る。

 

 「あの小僧……本当に何者なんだ」

 

 手足は元に戻すことが出来ない。それでも炎弥の失われたと思っていた左目が、今こうして開いている。

 

 「黒野君……」

 

 炎弥はより一層に鋭児への思いを募らせるのであった。

 

 ――――数日が流れる。

 

 聖は、天聖家の禁書庫に姿を移していた。禁書庫とは本来天聖家のみが知り、受け継がれるべき情報が収められている場所だ。


 当に本来門外不出の情報が記された書物の集大成が、その奥に収められている。


 聖は天聖家、特に香耶乃に寵愛を受けている能力者の一人であったが、頭首が芹花に変わった途端、まるで掌を返すように、彼女に意見しか聞かなくなってしまった。


 ただ聖としては、天聖家の頭首に仕えるという意味では、イチミリたりともその姿勢を譲ってはいないし、抑も桜子が頭首であるにもかかわらず、香耶乃が院政を敷き続けてきた事の方が、問題だったのである。

 

 勿論、桜子が頭首として器であれば、香耶乃は口を挟む事は無かったのかも知れないが、それはあくまで自分の意に添った人材であるということが、前提の話だ。

 

 芹花は確かに優秀だ。


 決断力があるし、統率力もある。キビキビと動く彼女を見ていれば、誰もが次代の頭首として認めるところだろう。


 ただ、未だに香耶乃の威を恐れ、それに従う者達もおり、古き良き天聖家を忍ぶ者であれば、再び彼女の台頭を願うだろう。


 ただ、顔色を伺い全てにおいて二の足を踏んでいるような連中では、芹花を出し抜く事などできはしない。それが天聖家の現状である。

 

 「これは……吐き気をもよおすね……、夜叉家の大奥様にも一度、機嫌を伺い立ててみないと……か。天聖がこの呪法を用いるには、難があり良すぎる」

 

 聖は一つの記録の載った書物を閉じる。

 

 天聖家は抑も陰陽の陽を司り、加護をや祝い事を主としている。陰陽二家と言われる双方は、その役割は他の四家と異なり、明確となっている。


 その役割は文字通り陰と陽だ。陽となり影となり、卑弥呼を支える事をその主たる役割としている。

 逆に卑弥呼に仇なす者達を影から葬り去る事が、抑も夜叉家の役割で、それに纏わる伝記がこうして天聖家にい残っていることが、抑もおかしい事となる。

 

 聖は一度、芹花の待つ私室へと向かい、紅茶を嗜む彼女の前に、気難しい顔をしながら、腰を下ろす。

 

 「どう?」


 「ああ。伝記があったよ。天聖家が武家への遺恨を決して絶やすことは、許されないだってさ」


 「それはつまり、お婆さまとお母様が受け継いだ、一つの理念と言う訳ね」


 「そうだね。しかし、確かに卑弥呼様は強襲された事実はあるが、それは鳳家の失態とされているはずだ。確かに武家の強襲そのものは、六家から見れば、許されることはないだろうが、奉還の義で大もめにもめたことでもあるし、遺恨を残してるのは事実で、それを五十年ほど前の出来事だけで、そこまでの所業に走らなければならないのがね……」


 「それは解らないわね。互いに危機感を感じての行動だし……」


 「これは、改めて炎弥君の話を聞く必要もあるね」


 「炎弥さん……ね」


 「はは、失言」

 

 日を同じくして、鋭児は昼間から煌壮を扱いていた。しかも普段であれば、炎皇の間にある訓練場で行うことが多いのだが、この日は昼一番から、まるで周囲に見せつけるかのようなしごきである。


 鋭児も特に煌壮相手に息を切らせないわけではない。だが、タフネスで言えば煌壮と鋭児では格段の差がある。


 そして煌壮には、一つ気にくわない事がある。それは鋭児が炎弥戦で見せたような隙を自分には全く見せないことだ。


 鋭児が一年半程度の経験値で、そういう隙があるというのは、改めて周囲に露呈したわけであるが、それでも煌壮にはその隙は見せない。


 自分も可成り攻め込んでいるはずだし、鋭児も絶えず余裕で躱しているわけではない。


 それでも意外なほどに、足下を掬われて転ばされたりと、そういう場面を見せるのは煌壮なのだ。


 勿論こうした組み手は随分やっている。そのためその経験値は互いにある。


 だからこそ煌壮も鋭児の攻撃パターンなどを理解し、彼の悪手を誘って見るのだ。


 勿論それが攻撃の直撃に繋がる場面はそこそこある。だが、思うようなダメージが出ないのだ。炎弥が非常に密度の高い攻撃力で鋭児の守備を突き抜けていたことは認める所だ。


 それは炎弥の特性なのだと煌壮は理解する。


 ただそれが決定打ではない。あくまで鋭児のミスによるクリーンヒットが、その後の結果なのだ。どの一撃がそれに相当するのかは、解り兼ねるが、それは鋭児自身が認めている所だ。


 よって煌壮はそれに活路を見いだそうとしているのだ。

 

 「龍尾の鉄槌!」

 

 煌壮が、鋭児にそれを放つ。非常に火力の高い踵落としで、その直撃を受ければ、間違い無く骨が砕ける彼女の必殺技だ。


 ただ、そのフィニッシュホールドを決めるためには、矢張り相手が消耗して隙を見せている事が前提だ。


 終の一撃のそれらは、あくまでダメ押しである。相手の回復を許さない、決めの一手を打つためのお膳立てそのものの組み立てが重要であることは言うまでもない。

 

 つまり煌壮のそれは、短気から来る、脈絡のない一撃だと言うことになる。


 よって、鋭児は煌壮が自分の頭に技を落とす前に、上空に飛び上がった彼女を攫うようにしてお姫様抱っこをして、そのまま着地する。


 この時点で、集中力を切らせた煌壮が負けになることは言うまでもない。

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