第2章 第14部 第12話
煌壮のように幼さのある柔らかみでもなく、焔のように情熱的な唇でもなく、やや淡くフワリとした、何とも心地よい感触だ。
「黒野君の唇……堅い」
炎弥はそう言って、目尻を下げてウットリとし、少し余韻に浸りながら、鋭児の頬を率い寄せて彼の頬にキスをする。
「またね……」
「また……」
此を見てウキウキとしているのは依沢である。そんな彼女を岳獅は呆れてしまう。
「では、またな。良い拳だった」
岳獅が鋭児に握手を求め、鋭児がそれを受けると、彼は若干強めに鋭児の手を握る。若干意趣返しの意もあるだろうが、彼のその手には悪意より、板面心を感じる鋭児だった。
「では、お送り致します」
帰りの送迎は再び芹花が送ってくれるらしい。ただし車は一両のみである。
少々窮屈だが、炎弥達には後部座席に並んでもらう事になる。
車中――――。
「ねぇ依沢。黒野君の手紙ってなに?」
「あら、目敏いですね。結構こっそり渡してきたんですけど……年上の魅力に惹かれたかしら?」
「ないない!ないよ!」
炎弥は此でもかと懸命に否定する。ただ確かに千霧という大人の女性を彼女としているし、考えれば焔にしろ吹雪にしろ、ほぼ年上だ。
そして皆鋭児を可愛がっている。一抹の不安を覚えないでもない。
「まぁ……でも、一生懸命頑張ってくれそうだし……教師と学生背徳の愛も、悪く
ないかも……」
そう言って、依沢は態とモジモジとして見せる。
「岳獅ぃ!」
依沢が自分をからかい始めたことに対して、岳獅に助けを求める。
「ああ?ああ、依沢。御舘様に失礼だぞ?それにお前には征嵐がいるだろう?」
「っっはぁぁあ!?誰が、あの年中ボサボサの風来坊!それならまだ岳獅の方がマシです!!」
「ま……マシって……お前なぁ……」
「兎に角、黒野君はダメ!絶対依沢は駄目!」
「ふふ……一生懸命なんだから。若可愛いですよ?」
「もう!」
騒がしい一同を乗せた芹花の車は、一路菱家へ帰省するのであった。
炎弥達は、無事菱家に到着する。そして、芹花達は彼等を送り届け、その帰り際には黒羽が門で一礼をし、その車を見送るのであった。
「で?黒野君の手紙って!?」
炎弥はそれが気になってしかたがないといった様子だった。そして依沢が炎弥の前で手紙をチラつかせるものだから、彼女はそれが余計に気になって仕方が無い。
いつもなら、飛びついてでも奪い取るのだが、今の彼女にはそれが出来ない。何ともじれったい。
「さて……俺は早速、御舘様の身体に合う霊木探しにでも出向くか……」
そうでなければ炎弥の身体がなまってしまうし、生活にも不自由が出る。
「あら、岳獅は興味がないの?黒野君のラブレター」
「心配せんでも、お前への告白じゃないことは間違いのないことだから」
岳獅は依沢の悪乗りに、カラカラと笑いながら屋敷を出るのであった・
「岳獅……」
そしてすっかり牙を抜かれてしまったような黒羽が彼の横に並ぶ。黒羽が心配したのは勿論炎弥の状態だ。手足を失いさぞ意気消沈しているのではないかと思ったが、彼女は思うより元気である。それはそれで安心したのだが、矢張り痛々しい。
「まぁ案ずるな。御舘様は強い。知っているだろ?」
「ああ……」
黒羽は、そんな岳獅をそこで見送ることにする。
そして、炎弥に挨拶をすべく、黒羽は炎弥の部屋に行く事にする。
だが、普段なら開け放たれている事の多い部屋の扉が閉められている。そして妙に静かだ。
「御舘……様?」
「ああ、風来坊!まって!いいわ!」
それは慌てた依沢の声だった。何が起きたのか?と黒羽は思うが、炎弥も女性である、身支度のこともでもあるのだろうと思った。だが、彼女の返事はすぐにあった。
妙なことだと思いつつ、その僅かなやり取りに不安を覚えながら、彼は襖を開け、室内に入る。
「入ったら締めて」
依沢はそういう。そして炎弥はいつも通り椅子に腰掛けている。ただ、眼帯を外し目を閉じた状態だった。
室内に明かりは蝋燭一つといった感じで、漸く光が得られる程度の明るさに保たれている・
「何か……あったのか?」
「ああ、征嵐。依沢もういい?」
「え……ええ……」
そして炎弥はゆっくりと目を開く、しかも両方である。今まで彼女の左目は開かれることがなかった。
「ああ……ああ……」
黒羽は腰を抜かして、その場に座り込んでしまう。
炎弥が両目で自分を見ている。
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