第2章 第14部 第11話
そしてどうやらそれが、炎弥の望みの一つでもあったようだ。それでも炎弥の願いは、あくまで呪いの件であり、武家の件であり、自分のことは後回しなのだ。
「み……皆さん?ちょっと!」
いや明らかに見ただろう。卑弥呼である自分に、第一の部下であるはずの芹那が暴挙を働いた瞬間があったはずだと、卑弥呼は慌てふためくが、誰も卑弥呼と視線を合わせない。
どうやら、卑弥呼には愛され駄目君主の素養があるらしい。
「ああ……そうだ。呪いの調査に関しては、裏付け的に必要だから、その願いは無効になるよ。それは僕が進めるけど、いいかな?」
「しょ……招致しました。聖皇殿が、そう仰るのであれば……では、改めて炎皇殿、もう一つの望みを……」
思わぬ助け船だが、それでも鋭児はそうなるとは思っていなかった。よって、それに関してはなにも考えてはいなかった。というよりもそれに関しては炎弥が既に口にしている。
「ああ……一つ……」
鋭児は一つ思い当たることがあった。
「なんでしょう?」
「卑弥呼様は、流石に世間知らず過ぎます。天聖の婆さんを見て、ちょっと不安になりましたね。少し、外に出る機会を増やしてみては?という、お願いです」
すると、芹花は何も言わず二歩ほど前にでて、鋭児を平手打ちするのだった。だが――――。
「口が過ぎますよ?炎皇」
そう言いながら、それほど怒っている様子はない。だがそれは示しである。自分の祖母を婆さん呼ばわり下挙げ句、卑弥呼を世間知らずと言い放ったのだから、それくらいの仕打ちはしておかなければならない。だが怒ってはいない。寧ろ良い案件だと言いたげだ。
「てて……肘鉄はいいんすか?」
そう鋭児が口を滑らせると、すかさず鋭児のスニーカーを踏みつける芹花だった。
「す……済みません……」
平手打ちをされた瞬間、鋭児は頭に血が上った。そして、光彩が赤く染まりかけたのだが、芹花の表情が全てを物語っていたため、それはすぐに収まる。彼女の気の強さは買っている聖でも、少しだけヒヤリとする。
尤も、頭に血が上ったからといって、鋭児が女に手を上げるような性格ではないことくらいは、芹花も十分承知している。
「あの……それは、その……その……」
途端に卑弥呼の顔がのぼせ上がり始める。つまり、今生の別れを済ませたと思った二人に会うことが出来ると、卑弥呼は思ったのだ。
「ああ、そういえばおすすめの旅館があったっけかなぁ。隣でカップルがイチャイチャ声上げてたのが気になるっちゃなるけど、天聖家から近いし、そこから均してきゃいいんじゃね?温泉もよかったなぁ」
等と、焔が言うものだから、卑弥呼は尚赤面して慌て始めるのだ。
「へぇ……」
なるほど、隅に置けないどころか、一仕事済ませてきているのだということを、芹花は認識し、若干感情を殺した低めの声で、冷めた視線を卑弥呼に送るのだった。
「そ、そうなのですね?ぜ、是非今度足を運んでみます!」
どうやら徐々に体裁を保つ雰囲気ではなくなってきたようだ。
「鋭児兄。そこんとこ後で詳しく……」
そして煌壮がぼそりと追い打ちを掛けるのであった。
鋭児に対する卑弥呼の案件は、恐らくもう少し時間が掛かるだろうが、可能な限りの望みを答えると言っている以上、それは検討の余地があるということだ。
「それでは、これで褒賞授与式を閉式致します」
芹那が二人の健闘を称えて、切れよく一礼をする。それを見てから卑弥呼がゆっくりと頭を下げる。そして最後に聖と吹雪が揃えるようにして頭を下げる。
一同が頭を下げ終えると、まず卑弥呼達がその場を去り、鋭児達がその場を後にする。
鋭児達は特に帰り支度などはない。鋭児と煌壮はそもそも制服だし、焔も珍しくリクルートスーツだった。後は帰るだけである。
ただ、その前に鋭児は依沢に対し、一つの封書を渡し、それから近々、一度菱家に顔を出すことを、炎弥と約束する。
ただ季節は冬であり、菱家の屋敷は山中にあり、度々交通に不便が出るとのことだ。炎弥はそれに対して、僅かな期待だけを寄せることにした。
尤もそれは学園も同じ事であり、あと半月もすれば、周囲は少しずつ冬化粧を始めるだろう。
鋭児は別れ際、炎弥の唇を一度撫で、それでも額と頬に愛情を示すキスをする。すると炎弥の方から、目を閉じて唇を求めたため、軽く唇を触れあわせる。
炎弥の唇は柔らかかった。
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