第2章 第11話 第16話

 風雅は確かに六皇最強と謳われた男であるが、味方が多い場合、寧ろそれが彼の足かせになる事も多い。彼が戦うには広い範囲が必要で、尚且つ少数精鋭の時に限る。

 

 「で……衛陣君は、なんでやけにこんな離れた所にいんの?まぁ、この近くに御用達の宿があるってのは俺も聞いてるけど……行ったことはないんだよねぇ」


 それから、チラリと卑弥呼を見る。


 「なんか、蛇草さんにはそこで待機してろって……」


 「なるほどねぇ。どのみち明後日は……いやもう明日かな。配置に着くんしょ?」


 「ええまぁ……」

 

 「ふぅん」


 風雅はそう言うと、しきりに卑弥呼を見るのである。

 

 卑弥呼はその視線が気になり、若干ソワソワとし始める。風雅に悪意がないのは何となく解る事だし、観察の意味で自分を見ているわけではないのも解る。何故なら、その直後に必ず鋭児を見ているからだ。

 

 「あの……」

 

 それでも、何度も繰り返し見られることは、愉快ではない。


 「ああ、申し訳ございません」


 これに対しては、素直に謝る風雅であった。


 「まぁなんていうか、ウチの白黒ツートップが、何となくやらかしそうな案件だなって……」


 風雅はクスクスと笑い始める。


 「はぁ……」


 鋭児にはピンとこなかったが、この出会いは偶然にしては出来すぎると思ったのだ。

 

 「卑弥呼様は、俺が送ってくわ」

 

 そう言って風雅は立ち上がり、一度跪き手を差し出して、キザっぽく彼女をエスコートする姿勢を見せる。


 元風皇である風雅がそうしているのだから彼女もその手を煩わせるわけにはいかない。


 風雅の手を取り、ベンチから立ち上がる。

 

 「ちょっと失礼!」

 

 風雅はそう言うと卑弥呼を引き寄せて、軽々とお姫様抱っこをしてしまう。


 「あの!」


 と、少し驚いてみせるが、状況は大体察している。余りノンビリと時間を掛けて歩いている場合ではないし、身の安全を考えると、そうするのがベストなのだ。


 「あ~こんなの見つかったら、俺首撥ねられそー」


 などと風雅は、戯けて見せる。


 「主に鼬鼠さんにね……」


 「あ~それありそう」


 鼬鼠は鋭児などよりも、余程アウトローに見えるが、その内面は実に家というものに、厳格だ。本来卑弥呼という存在は、彼等が軽々しく接して良い人間ではなく、許しを得たごく一部の人間画、限られた時間でのみ、接触を許されている。


 天聖家の多くである香耶乃ですら、その尊顔を拝することはままならない。


 いや、彼女がその厳粛な掟を頑なに守っており、そして周囲にそう定めているといってもよい。

 

 風雅は、そのまま卑弥呼を連れて、空中を歩いてそのままその場を去ってしまう。

 

 「あれ、便利そうだな……」

 

 鋭児はそう思いつつも、やがて街灯のない闇に消えてゆく風雅を、見送るのだった。

 

 鋭児は来た道をのんびりと戻ることにするのだった。

 

 場面は、鋭児と分かれた風雅が送る空中散歩となる。


 冷ややかな中秋の深夜。山中のそれは余りに寒い……はずなのだが、風雅の操る風は、なにも激しいものだけではない。


 卑弥呼に厳しい風が当たらないように、自らの周囲の風をコントロールしている。

 

 余り明かりのない山村付近での夜空は都会よりも、より星の瞬きを感じやすい。


 勿論それそのものは、卑弥呼もよく知っている。何故なら彼女の住む宮廷は、ここより少し離れた、より切り開かれた山中にあるからだが、こうして空を飛びながらというのは、また違った情景に思える。


 足下に見える僅かな明かりが流れる様が、なんとも不思議なものがある。

 

 「やはり能力者といのは、凄いものなのですね。風皇殿」


 「元……ね。いまは鼬鼠ちゃんだから」


 風雅は余りその地位に拘っていない。それよりもこうして自由な身でいる事の方が、彼の性分にあっている。どちらかというと、そういう格式張った地位から解放されたことで、のびのびとしている。


 とはいうものの、蛇草には頭があがらないのである。

 

 やがて、風雅は天聖家及び、卑弥呼の住まいである宮殿付近の上空までやってくる。


 「さてと?」

 

 自分だけが訪れるなら、このまま舞い降りても良いし、抑、卑弥呼の顔を知っている人間など周囲の警護を任されている人間にまで知られているわけでもない。


 ただどのみち、そのまま彼女を中に連れ帰る事も難しい。

 

 「えっと、あちら側の裏手に、抜け道が……その。子供の頃に使った……」

 

 卑弥呼は奥の殿のある、裏庭の方を指指す。裏庭といっても、広大な日本庭園であり、それだけでも、いったい一般住宅幾つ分であるのか?というほどの広さだ。

 

 「ああ……なるほど……」

 

 要するに卑弥呼はそのチャンスを狙って外へ逃げ出してきたのだ。そしてその機会を作ったのは誰なのか?などは言うまでもない。

 

 宮殿に掲げられる篝火に照らされることのないように、少し外れた林へと、風雅は舞い降り、卑弥呼を下ろす。

 

 「有り難う御座いました……その」


 「風雅でいいですよ」


 「風雅殿。有り難う御座いました」


 卑弥呼はぺこりと頭を下げる。

 

 二人が別れの挨拶をしていると――。


 「やあ風雅、ご苦労様」


 そういって、静かに姿を現したのは聖である。


 「まぁ何となく察したけどねぇ……」


 「君は勘が良いから助かるよ。さすがは……いや、やめておこう」


 「いや、褒めてよぉ」


 風雅は相変わらず軽い様子で、聖と会話を交わす。


 「それから、初めまして。卑弥呼様」


 聖は頭を下げる。


 二人は物品のやり取りを通じて、文をやり取りしてこそいるが、互いに顔を合わせるのは初めてである。


 「いつも、美味しいお煎餅を。有り難うございます……」


 何故か恐縮そうに頭を下げる卑弥呼である。


 「いえ。お気に召して頂いて何よりです」


 自分の煎餅好きが風雅にまで知られてしまうことを、何となく恥ずかしく思ってし

まったのだ。

 

 「さぁそろそろ戻りましょう。皆で卑弥呼様をでっち上げるのも、少し疲れましたので……」


 「はい」

 

 聖は卑弥呼の手を取ると、自分の周囲に人型の紙を浮かべ、彼女を連れ、ようよう人一人が通ることの出来る壁の割れ目に入ってゆくのである。

 

 「いやいや、その穴って明らかに、お前が開けたんだろうに……」

 

 聖が去った後に、風雅はぼそりと呟くのであった。

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