第2章 第11部 第12話
ただ、風雅はそれより少し上の感情を持っている。
「ただまぁ、吹雪ちゃんが困るっていうも、俺としては見たくない……うん」
全く自分に靡くわけではない吹雪に対して、風雅はまだ執着しているようだ。そしてその恋人である鋭児の前で、平気な顔をしてそう口にする風雅に対しては、鋭児も苦笑いをするしかない。
根本的に悪い人間ではないのだが、どうにも奔放な性格であるため、彼の考えが余り伝わりにくく、どちらかというと、実力とは裏腹に、六皇でもアウトサイドの人間となっている。
そして、何故か主観で物事を進めようとしているのだ。
「で、鋭児君も随分悩んだ顔してるじゃない……」
鋭児が困っていることに関しては、若干嬉しそうな表情を見せる風雅だが、如何せん夜でもサングラスを取らない風雅の目を読むことは出来ない。
そして、一通りぐるりと鋭児と卑弥呼の周りを回るのである。
一向に視界に入れてもらうことすら許されない炎弥は、少々それに苛立ちを感じるが、彼は既に風雅に威圧されており、言葉を発することが出来ない。
だが諦めるわけにもいかない。
そして、彼の言っていた「雌雄を決する」という言葉が引っかかる。
つまりそれは、否定をしていないと言うことだ。
「鋭児君。豊穣祭は豊穣祭でやらしときゃいいっしょ。正直実戦もほど遠いぬるい状態でだし……」
逆に言えば、風雅はそれに対してさほど心配はしていないということだ。
霞の側には葉草がいることだし千霧もいる。幸い新の心身不調という理由で、風雅の望む人間達のリスクは限りなく低い。
他家は他家である。
それに、彼等の目的は卑弥呼奪取であり、それ以上に六家を全滅させる余力があるわけではない。
豊穣祭でパニックが起きた場合、その状況の危険度を知りながらも、権威誇示のために豊穣祭を大がかりにしようとした天聖家に責任があり、抑、学園とはそのために衛士教育の場である。特に書く属性の、クラスⅠ・Ⅱともなれば、その為の選抜生でもある。
全体で数的優位を作り上げ、力のある者が状況に合わせ、主線力を撃破してゆく。
学生達にとってもよい経験であるし、それが出来なければどのみち、学園の存在意義は半減してしてまう。防げなければ意味がないのだ。
実に刺激的でよいシチュエーションではないかと、風雅は若干心をウキウキさせている・
「この場でケリつけろって事ですか?」
鋭児がその言葉を口にすると、炎弥はもう一つ力を込めて深く構える。
「ん~~」
風雅は考える。そして考える余裕がある。
炎弥が何かを仕掛ければ、それはそれで手早く処理をしてしまえば良い。後方で待機している黒羽も含めて、処してしまえば、実によい功労となるだろう。
だがそれは炎弥が聞き分けない場合である。だがそうではない。
炎弥は解決を望みながらも、間違い無く黒羽を庇うために構えて、撤退をするタイミングも見計らっている。
「まぁまぁ眼帯の君も……炎弥君……だっけ?落ち着きなよ。殺ろうと思えば、とっくに殺れてたんだしさ」
ここで漸く風雅は炎弥に声を掛ける。
勿論そんな言葉で、炎弥は構えを解かない。鋭児は兎も角、風雅は何を考えているか、理解出来ないからだ。
鋭児に懇願をしたのも、鋭児なら応えてくれるかも知れないと、望みがあったからこそだ。
「取りあえず……さ。卑弥呼様は俺が送り届けるわ」
「だめだ!まだ返事を聞けていない!黒野君!頼むよ!」
「炎弥……」
本当に悲しげで悲痛なのだ。その声を聞くと鋭児も同じように、悲しみで顔を歪めてしまう。
「あのさ……、何なら俺が二人纏めて、シメちゃってもいいんだけど?」
風雅が一歩前に出る。少々炎弥の聞き分けの無さに、苛立ちを感じているのが、鋭児から見ても解る。
そもそも、理由はともあれ、此度の戦争を仕掛けてきたのは武家である。そして問題とされる五十年ほどまえの当時の卑弥呼強襲で、家着が着いている。
結果として彼等は卑弥呼を殺せずに、事件そのものは未遂に終わり、武家は敗走している。
「だったら、そうすれば良い!どのみち僕らは、呪いで殺され続ける!見ろよこの顔!この手!屋敷が吹き飛んで、親が死んで、身体は半分焼けてこの様さ!征嵐だって、妻と子供を亡くした!生まれたばかりだった!!当に地獄だったよ!」
炎弥は眼帯を取り、右手の手袋を外して、まるで人形のようになってしまっているその手と、開かない左目を見せる。
顔は整っている。恐らく何らかの治療は受けたのだろう。そこには相当な配慮が窺える。それでも閉じられた目は開かない。
此には卑弥呼も思わず絶句した。自分の知らない裏側で、間違い無く何かが行われており、鋭児の反応や、風雅の反応を見るに、反論の様子がなく認識をしているようで、それは事実なのだろうと思わせる。
だが、否定出来なくとも、決定的ではなく、決め手になる証拠がないのだ。結果から何かをしているのだろうという、推測だけである。
「でも、せめて……せめてこの文だけは……貴女に読んでほしい……」
炎弥は自分の命のには執着する様子はなかった。だが自分達の惨状を伝え、呪いから解き放たれたいと、家族を救いたいと、それだけを切に願っている。
そして、項垂れるようにして頭を下げ、懐から文を出す。
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