第2章 第11部 第10話

 決して無謀なだけではないのだ。恐れつつも二人は自分への目通りを願って下り、形はどうであれ、必死であることもまた確かなのだ。


 そして鋭児の手を握っているということは、それを通じで鋭児の気で自分を守れといっているのである。


 それでも、炎弥が放つ本気の一撃を防ぎきれるかどうかは不明だが、それをするしかない。

 

 卑弥呼は鋭児の手を握り、頭を下げる炎弥の目の前にまでやってくる。

 

 「一つ……いや、二つ。どうか僕の……僕たちの願いを聞いて頂きたい」


 「願い?」


 卑弥呼は疑問を持ってそれを尋ねる。ただ、彼女はまだ継承前であるため、それは叶わぬことであるし、抑、卑弥呼という位に、その権限はなく、彼女は象徴的な立場なのだ。


 だが、聞き届けられるということが最も大事なのである。

 

 武家と六家の関係に軋轢が生じていることは、卑弥呼も知っている。


 それは新時代の幕開けからの長い間に渡る、半ば修復不能に思える確執だ。そしげ現に五十年ほど前には、その事で天聖家は襲撃され、彼女の曾祖母も瀕死の重傷を負わされている。


 その時は恐らく本当に、天上暗殺を目論んでいたのだろう。


 炎弥の姿勢は、時代の潮流だと言える。

 

 鋭児には、彼が悲しみを堪えて平伏する姿勢を見せているのがよく解る。それをなんとも悔しそうに見つめている黒羽を見ていればよく解ることだ。


 円はや頭を下げたまま、何も言わない。


 それは、要望を尋ねられていないからだ。

 

 「申し訳ございませんが、私にはそのような権限は御座いません」

 

 卑弥呼は拘りなく頭を下げる。名ばかりで権限のない自分の立場が歯がゆくもあるが、それこそそれが存在するならば、その言葉はなによりの天命となってしまう。


 一つの叱責が一つの命を奪うことにもなりかねないほどに、彼女の言葉はやはり重い。

 

 「では……せめて言葉を交わす機会を……」

 

 此もまた難しい話だ。

 

 炎弥が言っているのは公的な場所でのことだ。そこでせめて賓客としてもてなされ、対等の立場での対話を望んで居るのだ。

 

 「まてよ。そんなの……」

 

 そう書簡でもなんでもあるだろうと鋭児は思ったのだ。だが、だれがそれを受け入れるのだろうか?いや、炎弥の表情を見る限り、彼は試みたのだろう。恐らくそれまで、大きな軋轢に意思疎通を図ろうとしてこなかった彼等が、彼の代になってようやくそれを始めたのだ。


 中には神楽達のように、静かに過ごす事を望む者達も出てきているに違いない。


 時代は間違い無く移ろいでいる。だが、その前にどうしても解決を図らなければならない事もあるのだ。


 ただ積年の恨み辛みを口にしたところで、結局の所本質は変わらない。そしてもはや、どちらが先に切っ掛けを作ったのかなどは、鶏卵論になりつつある。

 

 時代の変革により切り捨てられた武家の末裔達は、今も落としどころを見つけることが出来ないのだ。


 方や六家は繁栄し、六皇と呼ばれるほどの能力者を手中にし、力を維持し続けている。

 

 「では、せめて此度、豊穣祭の妨害を止める事が出来ませんか?」


 自分に力は無い。だがもし仮にここで、今、自分がそれが出来たというのなら、何かしらの機会の一つは得られるかも知れない。


 そうすればきっと、自分の無断外泊はバレることになるだろうが、目の前にいる炎弥という一人の青年の未来が救われるかもしれないと、卑弥呼は思った。


 ただ、この場で書簡を受け取るだけだというのは、流石にあり得ず、それでは天聖家の顔が立たない。


 いや、抑自分がこうして外泊をしている時点で、既にその面子を潰しているようなものだ。よって恥の上塗りという言葉がより正確になるのかもしれない。

 

 「それは…………出来ません」

 

 確かに今回の一件は、菱家主導で行われており、指揮する彼等が身を引けば、武家は総崩れになる。よって、行動そのものが意味を成さなくなる。


 だが、既に彼等は止まるところの出来ない所まで来てしまっている。


 いうなれば、気が収まらないのだ。どちらにしても自分達の未来はない。であるなら、これぞ最後の戦場と、既に誰もが思っている。

 

 炎弥としても、まさかこのような形で、卑弥呼と直面するなどとは思っていなかった。


 火縄が偶然彼女と出くわし、黒羽がそれを察し、その動向を気に掛けた炎弥が追ってきた結果が今というだけの事なのだ。

 

 彼女を拐かしてしまえば、否が応でも天聖家は、いや六家はその交渉につかなければならなくなる。


 彼等にとって、この豊穣祭が如何に重要なタイミングだったか……である。

 

 「炎皇殿、既に皆もしっているでしょうが、改めて聖皇殿と氷皇殿に、このことを伝えなければなりません。いち早くにも……」


 「っと……」


 そうであるだろうが、そうなれば多少乱暴な方法となるだろうが、それも致し方なしと言ったところなのだろうかと、鋭児は思う。


 単純に言えば、卑弥呼を抱えて彼自身がひとっ走りしてしまえば良いだけのことなのだ。


 そして、人目の着かないところで、彼女を邸内に帰すと言ったところである。

 

 「まってよ!黒野君!頼むよ!今度十二年前のように、沢山死んでしまったら!本当に僕たちの未来はなくなってしまうんだ!」

 

 切羽詰まった炎弥の慟哭。


 静かに話す炎弥だというのに、やはりその焦りは隠せない。

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