第2章 第11部 第9話
黒羽は吹き飛ばされる。
強力な鋭児の気が吹き込まれたその掌底は、並のものではない。
「かは……」
腹を押さえ、顎が下がり、膝が崩れそうなほどに折れ曲がる。
漸くつま先の力とバランスで、倒れずに済んでいるというのが、黒羽の状態である。
「火炎林!」
鋭児は地面に拳を振り下ろし、炎の力を一気に叩き込む。
すると黒羽の周囲には無数の円が六芒星が現れ、そこから炎の柱が幾つも立ち上る。
そして、鋭児は高く上空へと高く飛び上がり、両手を目一杯広げ逆十字のように頭を下にし、大気をひっかくように、ぐるりと宙で横回転する。
円を描き両手で星を描き六芒星を囲んだ円陣が描かれる。
「ちょ!」
黒羽は動けない。炎の柱に囲まれ逃げ場もない。
「
優雅な鳳凰の舞である。
そして鋭児は炎の円の中心を力強く蹴り下ろすのだった。
「流石に……死ぬ……」
黒羽は冷や汗を流し、引きつった笑みを浮かべながらそれを覚悟した。そして自分の最後を悟ったその瞬間だった。
「流星銀狼脚!」
技名と同時に、黒羽を叩き潰そうとした鳳凰を蹴り、その方向を僅かに狂わせる。
それでも大地にそれが突き刺さるその衝撃は相当なものだ。
鋭児が着地すると同時に黒羽の前に彼は降り立つ。
そして、右足を若干気にする。
「綺麗な技だね……流石黒野君……」
そうして、現れたのはあの炎弥である。彼は左反面を覆う大きな眼帯をしており、暗がりでよりそれに影を作るが、その残りの半面で見せる笑顔すら、非常に柔和で人なつこい。
「炎弥……」
「予定が狂っちゃったね……それに、ダメだよ征嵐。大事な仕事の前に、遊んでちゃ……」
「ですが御舘様……」
「解ってる」
炎弥は、座り込み動けなくなっている黒羽に対しても、ニコリと笑う。彼は決して黒羽の拙攻に対して咎めることはなかった。
「ゴメンね黒野君。征嵐は、君の事を凄く気に入ってるんだ。許してやってほしい」
炎弥はニコニコとしながら、右手を差し伸べてくる。だが鋭児はその手を握らない。
すると、炎弥は笑顔が寂しそうなものになる。
「友達になれると……思ったんだけどな」
「それとこれとは別だ」
鋭児はきっぱりという。その答えに炎弥は若干目を丸くして驚く。鋭児は武家側の事情も知っている。それは当然呪いに関わることだ。
何故彼等が卑弥呼を狙い、その機会をこの豊穣祭に選んだのかも理解しているつもりだ。
それは彼女が表に出る数少ない機会であり、主要な人間が集うその場で、そして護衛に手間を割かなければならないその状況で決行出来れば、それが屈辱的であり効果的なのだ。
そして、天聖家もまた意地を通そうとしている。
炎弥は一度手を引く。
「別……か。ちょっと安心した」
すると炎弥の目が緩むのだ。なんともチャーミングに微笑む。
鋭児としては調子が狂うばかりだ。
「お……男なんだから、もうちょっとシャキッとしろよ……」
そして何故か照れが入ってしまう。
だがすぐに、咳払いを一つ入れ、気を取り戻す。
「炎弥……お前はなんなんだ?」
「僕の本当の名は、菱炎弥。菱家の当主。そして、征嵐は菱家風林火山の一人、いわば当家の重鎮だね」
「なるほど……」
「ゴメンね。コンビニで会ったのは偶然だけど、君が炎皇だというのは顔を見てすぐ解った」
「なんで、解ってて殺さなかった?」
「まさか!君になんの恨みもないのに?それどころか、モンブランも買ってくれたしそれに……」
炎弥は自分の頬を包み優しく撫でた鋭児の手と、甘く囁かれた耳元での吐息を思い出し、ウットリとする。
鋭児はぞくりとする。ただぞくりとするだけではない。炎弥のそれが余りに色気があるのだ。
街灯の下で、普段よりも表情が伺いづらいというのに、なぜかそれが伝わってしまう。
鋭児は自分が正気を失ってしまっているのではないかと、首を左右に振り、彼へのイメージを払拭しようとする。
「御舘様?」
「もう。征嵐は少し黙ってて!家に帰ったら、まず説教だからね!」
「はぁ……」
あの黒羽が、炎弥の前では本当に従順ある。それに敬意も払っている。普段の彼とはまた違う一面を見ることが出来る。
「黒野君。お願いがあるんだけど……さ」
「何?」
炎弥ははにかみながら本当に恐縮そうに、そういうのだ。
「是非一度、卑弥呼様にお目通りを……」
そして、深々と頭を下げる。
鋭児は躊躇った。だがそれは出来ない。仮に炎弥のそれが演技であり、千載一遇の機会をうかがっているのなら、間違い無く彼女を危険にさらすことになる。
鳳輪脚の方向をずらした彼のあの技は間違い無く鳳輪脚に匹敵する技だ。
「炎皇殿」
「なんすか?」
言葉にはなるべく気をつけるようにしている鋭児だが、流石に眼前に二人の敵をおいて、後方に守るべき卑弥呼を置いては、少々集中力を欠き始めていた
「構いません」
「え?」
「炎皇殿……」
彼女が鋭児をそう呼ぶのは、六家に使える衛士として、彼に自分を守護する任を与えているからこそのことだ。彼女は少女であるとどうじに、やはり卑弥呼なのである。
そうしてまた、威厳を示す事も教育として施されているのだ。
「でも、卑弥呼様……」
鋭児は一度火炎輪に近づき、卑弥呼と声を潜めて会話をする。
「――――解りました。しかし決して、側からは離れないで下さい」
「わかりました……」
難しい注文だと鋭児は思ったが、火炎輪を解かれた卑弥呼は鋭児の手をそっと握る。
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