第2章 第11部 第8話
「いやいやいや……」
黒羽は冷や汗を掻かずにはいられなかった。
ジリジリと退きながらも、懸命に自分の間合いを作ろうとしている。だが、先ほどのように間を詰められると考えると、半歩踏み出すことに躊躇いを覚える。
だが黒羽は鋭児に仕掛ける。それは余りに正直な正面突破に……思われたのだ。
しかし、彼は鋭児の直前で、静かに姿を消し、その背後にすり抜け、火炎輪で守られている卑弥呼との間に自分を滑り込ませたのだ。
だが鋭児もそれに構う于事無く、指先で宙に六芒星を描き、それを力一杯殴る。
飛び出た火炎弾は、真っ直ぐに黒羽を襲うのである。
当然黒羽はとっさにそれを躱す。
そして、放たれた火炎弾は、卑弥呼を守る火炎輪に直撃すると、それに吸収され跡形も消えてしまう。
鋭児の攻撃が結界に直撃し消えるか、あるいは卑弥呼ごと焼き尽くすかの二択であろうが、結果は前者だった。結果的には――であるが。
「織り込み済みだって。いや、卑怯だと思ってないよ」
黒羽とは既に四度目だ。それを知って今の彼の行動を卑怯と言うのなら、余りに学習能力のない発言である。
譬え、彼が泣き言を放った直後に不意打ちを行っても、鋭児はそれをそうとは思わない。彼は勝つために、いつも何か手段を用意しているし、それが彼の戦い方だと言えたからだ。
だから驚きもしなし、焦りもしない。迷いも無い。
ただ拳で叩き伏せるだけである。
「まいったな……」
黒羽は再度構え直す。鋭児を若干吊り出し、自分は一歩距離を多く取っている。黒羽は闇の能力者であると同時に、風の能力者でもある。
そして、彼の真骨頂は双方の能力を織り交ぜたときに発揮されるものである。それは彼自身が自負しているものでもあるが、正直言って鋭児の力は馬鹿げている。
非常識だとすら思った。
黒羽は、掌を上に向け、指先で鋭児を招く挑発を一つ入れる。
鋭児はその合図と同時に、素早く黒羽に近寄り、一気に乱打戦へと持ち込む。睨み合う互いの眼光がはっきりと見える位置で、拳同士の乱れ打ちである。
「この!」
気を吐いたのは黒羽である。
鋭児は本気だと言った。だというのに、先ほどの神速の一歩と異なり、明らかに自分とのタイミングを合わせてきたその一歩は、それより劣っていたし、打ち合いも敢えて互角の演出をしている。
ただ、黒羽が本気で狙った手刀に関しては確実に躱している。
それでも黒羽はこの接近戦に自分の利があると思ったのは、浸潤する闇の力である。叩き込む一つ一つの拳に、その気を込め、少しずつ相手を浸食してゆくのだ。
風の力で相手の気を切り裂き、闇の力を叩き込む。
そして、相手が自分の異常に気がついた時には、既に決着が付いているというわけだ。
だが、鋭児はいつまで経っても、その気配を見せない。
理由は簡単だ。鋭児が黒羽の力を通さないようにしていると同時に、日常的にアリスに加えられている負荷による耐性で、僅かに浸潤した黒羽の力を浄化しているのである。
風の能力者は、継続的な速度に関しては提要のあるところであり、瞬発的な炎の能力者とは、同じ早さでもその質が異なる。
だがその継続的な能力と同時に、気の消費も継続的であるため、より激しい消耗を強いられる。
ただそれに付き合わされる炎の能力者は、さらなる消耗を強いられるのが通常だ。
黒羽が馬鹿げていると思ったのは、正にそこにある。
まず鋭児は卑弥呼を守るための結界で、継続的な消費を強いられている。
そしてそれを行いながらも、まるで衰えを知らない一歩で、自分を驚かせ、こうして継続的に、しかも自分と速度を合わせながら、殴りあっているのだ。
最も、合わせているからこそ、殴り合えているのであるという言い方も出来ない訳ではないが、そうではない。
鋭児は明らかにそれを演出して戦っている。
それは黒羽を見下しているわけではない。そうして互いの力量を伝え合っているのだ。
そして、そこには最も重要な観覧者がいる。
卑弥呼だ。
此は正に天覧試合と言えた。
鋭児がそこまで卑弥呼を奉っているわけではないが、そこにはやはり焔の意見というものがある。
炎皇というものがどれだけのものなのか?と、彼女に伝える絶好の機会なのである。
よって、鋭児は今曲がりなりにも、今、闘士としての戦いを演じているのだ。
「アンタは、今回決定的なミスをしている」
「あ!?」
黒羽は意気が上がり始めている。いくら能力者だと言っても、筋力を使った戦闘をしている限り、酸素というものは必須である。そして補わなければならない体力がある。
鋭児と黒羽では年齢キナ部分を含めて、圧倒的な差があるのだ。
「心理的にも、状況敵にも、用意周到なのがアンタのやり方だ」
「生意気な!」
それでも黒羽は志気を上げ、鋭児と打ち合う。
そして、それはやはり嬉しくもある。彼が思うように、いやそれ以上に手応えのある男だったからだ。
これほどの相手は、早々に見つかる事は無い。
何より、叩きのめすことに、何の遠慮もいらないとなれば、最高の相手である。
「最初は、お見合い程度。二度目は、アンタは環境を作っていたし、手駒もいた。三度目は完全に俺がバカだった」
鋭児は此までを省みる。そして、一見黒羽に合わせているようなこの殴り合いでさえ、自分や周囲に対するケアを全く怠っていない。
「なるほど……それで!?」
その直後、今まで受けていた鋭児は、不意に黒羽の拳をいなして、彼の鳩尾に掌底を一発入れる。
「栗火鉢!」
炎の能力者とこの技は非常に相性が良い。抑、康平がそれを考慮して編み出したのだ。
瞬間的に気を掌に貯め、一気に解き放つ。
本来星を描くことにより、得られる気の増幅力などは一切捨て、零距離からの一撃で、相手を打ちのめす。
身体的にも頑強な炎の能力者だからこそ、その反動すら諸共しないのだ。
特に鋭児のように鍛え上げられた男子ならば尚のことだ。
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