第2章 第11部 第7話

 「で?」


 「で?って鋭児君。オレ達が是非お目通りしたい方がそこのいらっしゃる。なに。別に彼女の命を奪おうってんじゃない。ちょっと話を聞いてもらえる時間があればいいんだ。解るだろ!?」


 「俺は解ってる。でもかっさらおうってのは、気にくわない。美箏の時のようにな」


 「悪かったって。彼女は逸材だったんだよ」


 「それも知ってる」


 黒羽は身振り手振り大げさに鋭児に理解を求めてる。半分は本気なんだろう。だが彼は大体において、遊びが過ぎる。そしてその遊びがなんとも残酷なのだ。であるなら、彼は自分の話に対して、首を縦に振るまで、その遊びを強いるに違いない。


 鋭児は身をもってそれを体験している。


 「なぁ?知らない仲じゃない!良い機会だ!かっさらいもしない、ちょっと!ちょっとお目通り肢体だけだから。なぁ?」


 黒羽らしくもない。いつも飄々と人を躱しつつ、からかいつつ、それでいていつも隠し球を用意していそうな彼らしくもなく、声が跳ね上がっている。


 それは解る。


 恐らく本当に彼等は卑弥呼が目的なのだろう。


 卑弥呼を手に入れれば、天聖家を含め、彼等は武家の言い分を飲むしかない。そしてその一つの目的は、間違い無く呪いに関する何かだ。いや、恐らく今も続いているそれの解除だろう。


 黒羽も敢えてその言動を避けつつ、鋭児と話をしている。

 

 「声を荒げるな。卑弥呼様が怯えてる……」

 

 「ったく。解ってるなら、解ってくれよ!」

 「ダメだ。卑弥呼様が成すべき事を成すために、決心した事を俺は無碍に出来ない」

 「炎皇殿……」

 鋭児は自分の理解者の一人である。卑弥呼はその一言に、感銘を受ける。

 

 「堅いなぁ……ったく!」

 

 まるでじれったいと言いたそうに見える、黒羽の大げさな演技は、明らかに彼が焦れている証拠だ。

 

 解る。

 

 彼は彼で必死なのだ。悪意や憎悪を余所にして、彼は言葉を濁しながらも、鋭児の返事を待っているのである。手を伸ばせば届く所に、最もほしいカードがあるにもかかわらず、その前に立ちはだかる壁が一枚ある。

 

 ただ、鋭児に理解を求めようとしているのは、彼が鋭児を気に入っているからだ。出来れば鋭児ごと自分の側に引きずり込めれば、それは最大の釣果となる。


 ここで、口説き落としてしまいたいという、さらなる気持ちが黒羽の身振り手振りをより大げさにさせていた。

 

 「解ったよ」

 

 鋭児はそういう。


 黒羽はその言葉にハッとする。そして、ひょじょうがふと緩むみ、妙に引きつった笑顔を見せるのである。

 

 「ガチだ」

 

 「え?」

 

 半信半疑の笑みのまま、黒羽は放心状態に近い様子で、ただ鋭児を見ている。

 

 「アンタ。俺と、とことんやりたがってたろ?いいよ。乗ってやるからさ……、それで決めようぜ」

 

 炎の属性を持つ鋭児の余りに冷えた言葉に、黒羽の表情が、引きつった笑顔のまま、少しの間、固まっていた。

 

 「はは……は……。そうかい。そう来るのかい……なるほど……イタタタ!やられた!ははは……鋭児君。君って奴はホントに……くそ度胸がるっていうか、動じないっていうか……妙に場慣れしてるんだよ。卑弥呼様だぞ?六家の!てっぺんの!」

 

 鋭児はそれを賭けの対象にしたのだ。


 理由は簡単だった。このまま黒羽を言葉で説き伏せることなど出来ない。彼の目は完全に目の前の獲物に釣られ、爛々としており、それを隠せずにいた。

 興奮して、身振り手振りを大きくし、此を好機と睨み、形振り構わず言葉を連ねている。

 

 収拾が付かない。

 

 だったら、言葉でなく拳で説き伏せるしかない。

 そして相手をねじ伏せ屈服させるしかない。自分が隙を見せたり、時間を掛けすぎれば、卑弥呼の身柄がより、危険に晒される事になる。

 

 「卑弥呼様、万一ないと思うけど……その時は何でもするからさ」

 「解りました。氷皇殿が信じた貴方を私も信じます。ご武運を……」

 

 卑弥呼は一歩引く。

 

 「火炎輪……」

 

 鋭児は、もう一歩前に出て静かにそう呟くと、卑弥呼の周りをぐるりと、橙色に輝く光の円が、彼女を囲い包む。

 

 火炎ではあるが、特に激しい熱量があるわけではなく、それは卑弥呼を守るための円である。

 

 「なるほど……『男子三日会わざれば刮目してみよ』とはよく言うが、やっぱりモノが違うねぇ……鋭児君は」

 

 黒羽はそう言いつつ、一度だけふらりと身体を揺らしてから、腰を低めてしっかりと構える。巫山戯た緩い言葉尻とは裏腹に、非常に迷いのない入りだった。


 だが決して先手を取ろうとはしなかった。


 煽ったのは鋭児だが、あくまでそれを受けるのは自分であると思っているのだ。避けて通れないのはどちら側なのか?ということは、既に明白であり、尚且つ若者の挑戦を受けるが大人の役目だと、そんな自負からだ。

 

 ただ、それは力が拮抗していれば、まだどうにか成り立つ条件であった。

 

 鋭児は、軽く一歩を踏み出す。しかしその一歩が踏まれたと同時に、殆ど瞬時に近い速度で黒羽に詰め寄り、既に彼の頭部へと、拳を振り下ろそうとしていた。


 「な!」


 朱色に灯る炎を纏った拳が自分の顔面に襲いかかる瞬間に、黒羽は漸く反応することが出来、両腕で懸命に顔を覆いながら、後方に飛び退きながら、どうにかそれを回避する。

 

 なんと言うことだろうか。

 あれほど近かった、卑弥呼との距離が、あっという間に遠ざけられていることに、黒羽は気がつく。


 そして鋭児は悠然と一歩また一歩と歩くのだ。

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