第2章 第11部 第4話

 彼女の性格としては、焔と囲炉裏と足して……いや、足したままの性格なのかもしれないと、鋭児は頭を痛めた。

 

 「取りあえず。オレ……葉草さんには連絡入れないと……」


 鋭児は、ズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出し、蛇草に電話をかけ始める。


 「上手くやれよ?」


 「解ってます……」

 

 上手くやるもなにも、そもそも蛇草は鋭児に甘い。だから鋭児が蛇草に連絡をいれること自体、何の問題も無い。あるとすれば蛇草の頭痛の種が一つ、しかも大きな種が一つ増えるだけのことである。


 だから焔はそれを止める事は無かった。


 情に脆くお人好しで、温情の塊のような蛇草である。況してや一人の少女の恋心が掛かっているのだとすれば、その猶予くらいは与えてくれるだろう。

 

 ただどれだけ時間を稼いだとしても、彼女の成人式までには、いったん事を納める必要がある。それこそ武家どころの状況ではなくなる。


 吹雪の進退問題にも関わることだろう。いや、吹雪にとってそれはどちらでも良いのだろうが、彼女がミコを送り出した気持ちが、叱責で終わる事も鋭児には許し難い事だ。

 

 

 

 場所は、天聖家の邸内にある、迎賓館の一室へと移る。


 そこでは霞と蛇草が、ソファで肩を並べ、紅茶を嗜んで寛いでいた。


 彼等は豊穣祭当日までこの場所で宿泊し、時間を有意義に過ごすのである。

 

 そんなおりだった。目の前に置かれているテーブルの上で、スマートフォンが震えだす。マナーモードにされているためとくに着信音はなく、それだけでは誰からのものかは解らないのだが、ディスプレイには「鋭児君♪」と、確り表示されている。

 

 勿論霞は、蛇草に視線を向け一度頷きその許可を出す。

 

 「ええ!?」

 

 鋭児からの電話を受けた蛇草から出た最初の一言がそれだった。


 裏返りそうになったその声は、隣の霞にも当然聞こえることなり、二人の目が合った瞬間に蛇草は挙動不審となってしまう。


 流石に霞も驚くのだが、蛇草が目配せをした後に、自分からすっと視線を外すのを確認すると、彼は一度静かに黙る。

 

 「じゃぁ今いる……え?いや……お屋敷の中に篭もってらっしゃるようだけど……」

 

 要するに蛇草は直接卑弥呼を見ていないし、卑弥呼を見る事が出来るのは、成人の義が始まってからである。


 それまで彼女を見ることは、ほぼほぼ吹雪と、天上家つまり、卑弥呼の一族を古きから世話をしている側仕えのみである。


 天聖家の者達は、確かに彼女達の世話役をしているし守衛をしているが、それでも基本的には彼女達を敬い、簾一つ挟んでの接触が常である。


 大奥ですら、容易く気安く卑弥呼に接することはない。

 

 その扱いは神といってよい。ただ、卑弥呼には主権があるわけでもなく、奥の殿でひっそりと暮らしているのがその日常と言え、こうして政の時のみ表舞台へと姿を見せるのだ。

 

 

 「霞様……」

 

 蛇草はその話を、周囲に漏れぬよう声を潜めながら、霞に伝えるのである。


 すると、微かに霞も驚いた表情を見せるのだが、蛇草と異なったのは息を殺しながら、それでも殺しきれず、肩を揺らせて笑い始めるのである。


 「霞様!笑い事ではありません!」


 蛇草は状況にヤキモキとしながら、潜めた声のまま霞のそれに、怒ってしまう。


 「やれやれ、とんだお転婆様だったわけだ。にしても……クスクス」


 当然、いくらお転婆が過ぎるといっても、この状況で事を起こすには、余りにも大

胆すぎるし、人目を掻い潜るのもの至難の業だろう。


 するとなると、少なからず協力者が必要であり、霞はその推理をする。

 

 そしてそれは、そこそこに彼女の身の回りも絡んでのことなのだろうと、考える。


 思い当たるは、間違い無く聖である。そして、鋭児伝えに聞いているが、吹雪であることに間違いはずだ。


 あとは女中の幾名かと言ったところだろう。

 

 「僕は何も聞いちゃいない……」


 「もう……」

 

 蛇草は、思わず額に手をあてがい、天を仰ぐ。目眩がしそうでどうしようも無い。むしろ蛇草のその仕草で、周囲に漏れそうにも思うが、幸いにしてここは二人だけの空間となっている。

 

 「僕たちは普段通りにしていればいい。あの子達に任せよう」

 

 何かあればフォローくらいはするだろうが、それでもどちらかというと、霞としては、仮になにか天聖家の家の者が、それで話で慌てふためく姿を想像すると、おかしくて仕方が無いのだ。


 ただ、今回の圃場債は武家が絡んでくる。


 不測の事態となり兼ねないケースもあるため、その場合に備えなければならない。

 

 「千霧には何かあれば動けるようにしておいてもらいます」

 「それが良い」

 

 一応の覚悟はしておかなければならないだろうと、肝に銘じる二人だったが、こういう時の霞は本当に動じない。


 それは、世の中や物事は、成るようにしかならないと思っているからだ。

 

 だが同時に、考え込んでしまっている蛇草を見て、それが意地悪だと思いつつ、その表情の豊かさに、ついつい微笑みたくなってしまうのである。

 

 

 卑弥呼の問題が、葉草達に伝わっている頃、吹雪は変わらず、卑弥呼との接見の間で、静かに読書をし、時間を過ごしていた。

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