第2章 第11部 第2話

 「えっと、こうやって……」

 

 鋭児は焔の頬に手を当てて、真言を口ずさむ。

 「オン コロコロ センダリマトウギソワカ……」

 

 それを散開ほど口にする。


 「別に何回ってこともないけど……大体七回……。痛いの痛いの飛んでけとか、ちちんぷいぷいとかさ……、そう言うのでも良いんだけど。真言とか祝詞の方が言霊が乗りやすいんだってさ。一番優れてるのは聖属性だけど、自分には使えない。大地と水、火、風、闇が一番こういうの苦手なんだってさ」


 「以外……黒野の兄さんて、グーパンで、黙らせるイメージだったのに……」


 みどりは、ぽかんと口を開く。


 しかし、確かにそのイメージには間違いなく、焔は悪戯坊主のようにそれを笑う。


 そして、鋭児の説明はアリスの受け売りである。

 

 「さて……と」

 

 それは、鋭児が持ち帰ったデザートと、本来快晴達が山登りで食べるはずだった昼食が平らげられてからの、焔から発せられた一言だった。

 

 まずは火縄達の話から始められる。


 火縄は、藤が実際に対戦しており、間違い無く学園内にいたとしても、トップ勢に入る実力者だと言えた。そして大人である分経験は豊富だが、藤のように視野が広い戦い方が得意なわけではなく、そこは炎の能力者らしいと言うべきか、闘争本能むき出しな戦い方をする一方、厳命は遵守しているらしく、おそらくそのためだろう、出会い頭に快晴を戦闘不能にする事はなかた。

 

 「ミコちゃん……言いたくなけりゃ言わなくても良いけど……場合によっちゃ。オレと鋭児は死に物狂いにならなきゃならねぇんだ。解るよな?」


 「は……い」


 ミコはそれを語りたがらなかった。しかし、武家という存在が自分の目の前に現れた以上、そんな悠長な問題でもなくなったことは、彼女にも理解出来ている。


 「出来るなら、もう少し、唯のミコでいたかったのですが」

 そう言って彼女は悲しげに、それでも健気に笑みを溢す。


 「つって、快晴とみどりには、あんまり関係のない話ではあるけどな。だからこっからはオレ等の話になる」


 焔が何を言わんとしているのか、二人には解らない。


 彼等は六家というものをしらに訳ではない。だが、その六家は、あくまでも能力者達を抱えている、古い名家であるということぐらいの認識しかない。


 「ミコちゃんが、どこかの名家のお嬢様ってこと?」


 それは、火縄が口にしたことで、みどりはそれをなぞったに過ぎない。


 焔は首を振る。


 「六家ってのは、この国の裏側を支えている、いわゆる殿上人の片割れを守護する家系なんだよ」


 そう言われてもピンと来るわけではない。二人にとって名家であるのだろうという認識しかない。


 「要するに裏の皇女様……っていやいいかな?」

 

 「えっと……ついてけない」


 みどりは笑って誤魔化す。本当に話がとんでもない方向に進んでおり、唐突に、何かの映画のワンシーンに放り込まれたような気分になってしまう。

 

 「まぁオレもついて行けてないけどな」

 

 これに関しては鋭児もピンときていない。ただ、東雲家というものを目の当たりにしている鋭児には、それが浮世離れした、それでいて存在する世界なのだと、いわゆるもう一つの現実として受け入れているものだ。

 

 「ようは、ミコちゃんの家が断絶すると、六家もばらけちまうし、そうなると鼬鼠家が贔屓にしているこの旅館にも大ダメージを受けちまうってことだ」


 「それは……大変……」


 一気にスケールダウンしてしまう。


 「多分火縄ってヤロウは、そこまで理解してはいねぇだろうが、まぁこれだけのお嬢様だしな……オレ等の中にいちゃぁ、ういちまうわな」


 そう、やはりミコは纏っているオーラというものが、全く異なるのだ。


 快晴もみどりもそれを気にしたり、特別扱いする事もなかったが、その空気自体は十分に理解している。


 「だからこそ。みどりちゃんとカイくんは、私にとって大切な幼なじみなのです……」


 ミコは再び、幼き日に出会った自分達の長くも短い一日を思い出す。彼女の中ではその思い出が大切な宝物なのだ。


 自らの胸に手を当てて、その温もりを思いだす。

 

 「私の名は、卑弥呼。母も祖母も皆その名なのです。一族は女系であり、二十歳になるまでに婿を迎え、世継ぎを育まなければ成りません……その前にもう一度、二人にお会いしたかったのです」

 

 「ほへぇ……」

 

 みどりは驚くばかりで、そんなおとぎ話染みた世界が、未だに存在しているのだと言うことを知る。

 

 「つっても、知ってるだろ?住んでるのは、えっとどっちだっけかな。大きな神殿みたいな、屋敷?」


 焔は若干自分達の居着いている部屋の中で、軽く見渡しながら、彼女は案外近くに住んでいる事を二人に教える。


 しかし、その壁一枚が遠いのだ。

 

 「それって……もう、ミコちゃんはオレ達にあえなくなるって事?」

 

 「……はい」

 

 ミコは笑顔を作る。

 

 「あ……っそ……」

 

 快晴はスクリと立ち上がり、別館の……つまり、ミコが止まっている部屋へと去るのである。

 

 「カイくん……」

 

 「……」

 

 快晴は、まだ怪我を治していない。そんな腫れた顔のまま、外を出歩くわけにも行かず、結局かれは、行き場がないのだ。


 そして、火縄に歯が立たなかった自分に対して、酷く嫌気を刺している。


 そして、唐突なミコの告白である。

 

 彼女は自分達との最後の思い出を作るため、今日現れたのだ。そして、彼女はそのまま自らの運命に従おうとしている。


 何より、ショックだったのは二十歳までに誰かと身を結び、顔も知らないその男と、添い遂げるというのだ。


 そうは言うものの、自分達も五年も前にたった一日共に過ごしただけの関係である。何という厚みのない薄く脆い関係だろう。


 それでも、彼女が自分達に会えたことを心から喜び、また自分達も嬉しく思った。


 昨日などは、彼女の温もりが自分の組んだ胡座の中にすっぽりと収まり、トラックに揺られながら、過ごした。男子が浮かれるには十分なイベントである。


 何より、ミコはそれを嫌がらず、自分などはしっかりと彼女が振り落とされないようように、その腰を確り抱いていたではないか。


 照れくさくも、それが出来たのは、間違い無くお互いの心の距離感の近さがあったからに他ならない。


 そして、眠るときには彼女は自分の腕の中で朝まで眠った。


 両手に花というシチュエーションで、快晴にとってある意味もっとも、欲張りで望む限りの時間だった。

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