第2章 第11部
第2章 第11話 第1話
本来はミコ達にとって、楽しい散策になるはずだった。
しかし、思いも寄らぬ来訪者により、それは残念な形で中断されることとなる。火縄が撤退行動を取ったことで、恐らくすぐに何か……ということもないだろうが、それでも安全を確保するに超したことはない。
まずは下山だ。
特に慎重を極めることも無いが、焔は先頭を歩きつつ、彼等の安全を確保しつつ注意深く歩く。
「鋭児、お前あと何分くらいで、戻って来る?もうすぐか……解った」
鋭児の役割は外苑の警備である。そしてそれは、豊穣祭当日の役割であり、それまでは待機状態だ。
一般生徒と共に行動していないのには、色々在るが、一つは蛇草の遊び心で、要は待機状態である。連絡があれば鋭児は指示された地点に駆けつければ良い。
担当区域は宿のある周辺となっている。
快晴達が火縄と遭遇したのは偶然だと言えた。それも日程より二日も早い。
であるなら、何か仕込みを行っていたと考えるのが妥当だろうと、焔は思う。
しかし、今からそれを突き止めるには、時間がない。そもそもどの辺りに、何を仕掛けているのかなど、解るはずもない。
探るべきは人の気配だが、恐らく自分達と遭遇した事で、仮に待機していた人間がいたとしても、今頃は四散しているだろう。
それよりもまずは、快晴達を山から無事連れ帰る事である。
ミコは完全に意気消沈してしまっている。
「オメェのせいじゃねぇよ。偶然だ偶然」
焔は振り返りながら、ミコを慰める。
「あの……」
「宿に戻ってからだ」
「はい……」
ミコは心苦しそうにしていた。その理由は快晴にもみどりにも解り兼ねた。
だが、火縄が彼女を六家のどこかの令嬢と言っていた事に対して、彼女は何も否定をしなかった。寧ろそれを悟られたことに酷く動揺していた。
ただ、二人にとってその事はどうでも良かった。
特別な力がある事に対してはある程度自信を持っていた。だが、初めての実戦ということもあり、浮き足立ってしまい、どれほどの事が出来たのだろうと、何の手応えも実感もなかった。
「まぁ鋭児みたいに、肝据わってれば、少なくとも快晴の方はどうにかなってたかもな」
他意は無かった。一対一の戦だったのだから、駆け引き次第と言ったところだったのだ。
あえて鋭児の名を出したのは、彼はやはり力を得てから一年半という時間しか経っていないにもかかわらず、炎皇という地位を得ているからだ。
勿論鋭児には、そうせざるを得ない環境があったし、二人にその選択肢を必要とする環境ではなかったというだけのことであり、これを責めるつもりはなかったのだ。
それでも、悔しそうにする快晴を、何となくその視界に入れながら、クスリと笑う。
「みどりは、頑張ってたと思うぜ」
「そんな……」
快晴が自分と比較されている事に、彼女は酷く悲しげである。
勿論焔には、そんな意図はない。
「今回みたいな事って……またあるんですか?」
快晴はその事が気がかりだったのだ。
「まぁ、さっきの奴結構お前の事気に入ってたみたいだしな。あるかもな」
「そんなの……」
何故とっさに駆けつけた焔にそれが解るのか?と、快晴は疑問を抱くが、理由は至極簡単で、でなければ、さっさと全力の一撃を腹にでも打ち込んで、気絶させてしまえば良かったのだ。
言い換えれば、それだけ快晴は浮き足立っていたと言える。
「でも、アレだな。ミコの処女奉納宣言聞いた時の、お前の張り切りよう!」
焔はそれを思い出すと、ケタケタと笑う。
勿論それは、吹雪が鋭児に宣言したときの光景とダブらせてことだ。
勢い余ってのことだったが、ミコは大いに顔を赤らめてしまう。
結局良いところを見せられなかった快晴は黙りこんでしまうのだった。
焔達が戻ると、鋭児は部屋で、一人寛いでいた。
抑、焔の声が聞けたところで、問題はさほど大事になっていないのだと、鋭児は理解しており、彼女達が戻ってくるのを、唯々待つことになるのだ。
といっても、鋭児が腰を落ち着けて一五分くらいの差だった。
「お帰り」
「お帰りじゃねぇ。お前何してんだよ!任務中だろうが!」
ただ、焔は鋭児が思って居るよりもお冠らしい。そして、普段の鋭児なら、どちらかというと自分の欲求を抑え、人の義に応える事を優先するはずである。
旅行で気の緩みでもあるのか?と焔は勘ぐってしまう。
しかし、その任務に無許可で着いて来たのは、どこの誰だと鋭児の不満げな視線が焔に刺さる。
「確かにオレは、当日までここで待機してるように、蛇草さんい言い渡されてるけど、出歩いちゃダメだとは言われてねぇ」
鋭児は若干子供じみてへそを曲げるのだ。
「ばっか……テメェ……だからって……」
確かに屁理屈に聞こえなくはないが、確かに焔には、返す言葉がない。何の任務も受けていないのだ。
体調十分ではあるが、それでも焔は、学園で待機しているようにと、寧ろ既に不知火家の指示を無視して、鋭児に着いて来ている。
「で……快晴ボコられたの?」
鋭児は殴られて顔を腫らしている快晴を見て、少し厳しい表情をする。
「まぁ……」
「えっと、お母さん達には見つからないように、裏口から入ってきたんだ……」
「そっか」
まだ一日だけ過ごした中ではあるが、それでも彼が殴られたという言葉に対して、鋭児は可成り不機嫌になる。
「おい。鋭児、あれ、みどりに教えてやれよ。コイツ植物使えるから、多分治癒系得意だぞ?」
「ああ……。あと、ミコちゃん。冷蔵庫にコンビニデザート買い込んだから、持ってきて。みんなで食べようとおもってさ。なんせ、寝言でプリンプリン言ってた人もいたし……」
それは若干皮肉も入っているが、要するに鋭児はその為に朝早くから、出かけたのである。
「はい!」
ミコはうれしそうに、備え付けの冷蔵庫へと向かうのであった。
「うわ……お前。しらねぇぞ?」
「いいだろ……別に」
鋭児と焔は視線を合わせて、若干気まずそうなやり取りをするが、鋭児の反応を見た焔は、少しだけ機嫌を直す。
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