第2章 第10部 最終話


 

 「この!」

 

 快晴はそれでも攻める。

 早く、みどりとミコに追いつき、彼女達を守らなければならない。その焦りがより彼の判断を悪くさせる。

 

 「なぁ!こっち来いよ!悪いようにはしないし、なんならあのお嬢さんも……な?」


 「五月蠅い!」

 

 快晴は思う。もし、学園で学べていれば、今日のような状況に遭遇した際に、もっと馬口回ることが出来たのではいのか?と。

 そうであれば、この場を切り抜けることなど造作も無いことだったのでは無いかと。

 

 ただ、そうであれば今日再び、ミコと出会う事などなかった。

 運命の歯車とは、実に意地悪なものであると、思わざるを得ない。

 

 そこへ焔達は戻って来る。

 そして、みどりもミコも快晴の名を呼ぼうとした時、焔は二人を制止する。

 

 理由は幾つかある。まず、快晴と火縄が一対一だという状況。二つは自分がここに到着している以上、何かの際には、必ず援護に入ることが出来ると言うこと。そして、これは快晴にとって、良い経験値となるということだ。

 

 戻ってきた焔が、二人を制し踏みとどまっている。だが確りと睨みを利かせている。

 

 「っへぇ……」

 

 つまりまずは男と男の勝負なのだと、そう捕らえている焔の意気込みを、火縄も理解する。


 「ホラホラ……掛かって来いよ。女達はお前の勇士を見届けるってよ!」


 火縄のその言葉と視線に、快晴はみどり達が無事であり、焔が駆けつけてくれたことを知る。まずそれが何よりの安心材料である。それと同時に目を合わせた焔が快晴に向かい一つ頷く。

 

 快晴も理解する。それが能力者の世界なのだと言うことを。

 

 「うぁぁああ!」

 

 体制も悪い、破れかぶれだ。それでも快晴は、火縄に殴り掛かる。それはなってはいない。本来なら、そして鋭児ならばまず焔は叱責するだろう。


 だがそれは見守るべき姿だ。自らを鼓舞し、大事な者を守るために立ち向かう少年の姿をまず見守らなければならない。


 「日向様……」


 「大丈夫。オレがきっちりカタ付けてやるから、まずはテメェの男を見てやれ……」

 

 恐らくこの勝負に快晴の勝ち目はないだろう。しかし見せるべき姿、そして見守るべき姿がそこにはある。

 

 快晴の攻撃は勢いもあるし、速度も上がっているが、前のめりで組み立てがない。頭が先に出すぎて、火縄に捕まっては、打撃を受け、突き放されては、転がされている。

 

 「火龍拳!!」

 

 そして火縄が余裕を持って技を繰り出す。

 

 だが、当然そこには違和感がある。


 それは彼の炎の能力者としてのぎこちなさという意味ではなく、明らかに焔という存在が其処にいるにもかかわらず、彼は退散をしないことだ。

 

 一つはこうして、健気に果敢に立ち向かってくる、純粋な少年はそれほど嫌いではないということだ。


 期待をしているという意味でもないが、この勝負に横やりは入らないと確信しているからこそ、そうして技も繰り出す余裕もある。


 何よりこの待機場には、前回藤と戦ったような閉塞的な場所ではない。


 少々荒っぽい技を放ったとしても、不注意に延焼を起こすようなものもない。

 

 ただ快晴相手に、大技を放つことも無い。そこは、大人なりの力加減という訳である。


 当然頃合いを見て、引き下がる準備は整えておかなくては成らない。

 

 「か!カイくん!しょ……処女を!私の処女を差し上げますので、頑張ってください!」

 

 さて、どこかで訊いたセリフではあると焔は思う。


 そんな懸命な応援をするミコの耳は、本当に真っ赤である。

 

 「は!?」

 

 そんな言葉によそ見をしたのは火縄である。可憐な少女が惚れた男に処女を捧げるというなんとも羨ましすぎる発言である。

 

 そんな隙だらけの火縄の鳩尾に、快晴の拳が入る。

 

 「がぁ!」

 

 流石にこれには火縄も怯む。


 腰をくの字に曲げて、少し後方に飛ばされ、腹を押さえて着地して、快晴を睨む。

 

 「うぁぁぁあ!」

 

 ただ我武者羅に突撃をする快晴。


 彼にあるのはもはや、意気込みと気力だけである。

 

 「こ……んの!」

 

 ツッコミ気味の快晴の拳を左に流すと同時に、彼のこめかみに、火縄は鋭い回し蹴りを決める。

 

 快晴は勢いよく吹き飛び、身体を砂利に擦りつけながら、数メートル滑り、漸く止まる。

 

 頭部を蹴られた衝撃のため、意識は朦朧とし、世界がグルグルと回る。耳に入る音が妙に響いてくぐもっている。


 視界の中には、ぼんやりと二人ほど見えるが、顔が認識出来ない。

 

 それはみどりとミコである。

 

 「ま……頑張ったってところかな……」

 

 焔は悠々と、火縄の前に立ちはだかる。

 

 焔は若いというのに、実に風格がある。それが学園で六皇を勤め上げた者の自身であり自負である。


 「アンタもなかなかの手練れだろうけど、オレには勝てないぜ。わかんだろ?」


 焔にも火縄にもそれぞれ積み上げた経験がある。立ち塞がる威圧感で、理解出来ようものだ。何より焔の情報を、火縄は入手している。そして黒羽からの話も聞いている。

 

 「まぁここいらが潮時って所かな。遊ぶにゃ時間が早すぎる……」

 

 そう言って、火縄が焔から二歩三歩と、距離を取る。


 同時に焔が前に詰めようとした瞬間だった。

 

 鋭く何かが降り注ぐ気配を感じる。


 焔は慌てて、一歩二歩退くのだった。

 

 するとそこには、まるで二人の間に境界線を引くように、幾重もの光り輝く矢が地面に打ち込まれるのだった。

 

 その隙に火縄は、身を翻し撤退するのである。

 

 「この!」

 

 焔が追いかけようと、火縄に手を伸ばすが、弓から放たれた光の力が壁となり、焔の行く手を阻むのでだった。

 

 ならばと、周囲をぐるりと伺うが、焔は既に囲まれている。

 

 「付与かよ!多彩だな!」

 

 恐らくそれは数分時間を稼ぐことが出来ればというだけの代物なのだろうが、それでも能力者が逃げ切るには、十分な時間だと言える。

 

 数分も経つと、自分達を囲んでいた光の壁は消滅し、そこに残るのは幾つもの矢だった。


 焔はそれを地面から引き抜き、へし折ってみる。どうやら加護が消え、その強度も消えているようだ。

 

 焔は追うのを諦める。

 ここで、先ほど捕らえた者達の確保に動きたいところであるが、快晴も気を失っていることもあり、快晴が目を覚ますまで、しばらく休憩となる。

 

 「う……うん」

 

 快晴は目を覚ます。

 ミコの膝枕に、みどりの治療となんとも、至れり尽くせりという状況である。

 

 その間に、焔はしっかりと警戒を怠らない。

 

 「まぁ……苦い初陣……てところだったな」

 

 「けっこう……自身あったんだけど……な」

 

 快晴は能力というものを持ち、それに少々自身はあった。ただ、鋭児や焔のような者もおり、今日のような出来事があり、少々その自尊心を砕かれてしまった。

 

 「まぁ……揉まれなきゃ強くなれねぇよ」

 

 それはそれで仕方の無いことだと焔は思う。


 なにも学園に入るだけが生き方ではないし。学園の中に自分達は押し込められているからこそ、高い密度での経験も積めるが、大半がその力を大っぴらにする事などできはしない。

 

 「カイくん……守って下さって。有り難うございます……」

 

 自分の膝の上に落としたままの快晴の頭を撫で、ミコは目を細めるのだった。

 

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