第2章 第10部 第22話

 ミコの右側には焔がおり、警戒範囲は可成り絞られる。


 そして、相手の不意を突く必要もない。みどりは先ほどまで、背にしていた山肌に対して、気弾を数発打ち込む。


 すると、木の根が、這うようにして自分の目の前に伸びてくる。


 それだけではない。頭上の枝も自分達の上に覆い被さるようにして伸びてくる。何より地の能力者は元来頑強で、守備となれば、一つ二つランクの変わる能力者でさえ、速攻で攻め落とすには難しい頑強な壁となる。

 

 時間稼ぎさえ出来れば良い。


 今のみどりの役割はそれのみだ。徹することで集中力が増し、自ずと隙は無くなる。


 構えが板に付いているわけではないが、それでも浮き足だった先ほどの彼女と比べれば、それは随分ましなものといえた。

 

 「ったく。鋭児の奴。後で説教だな……」

 

 とは言いつつも。それは、抑焔の寝言のためである。焔はそれを棚上げし、鋭児の責任としている。そして、鋭児が持ち帰るコンビニスイーツが楽しみであるのもまた事実だ。

 

 みどりの集中力が尤も高まったと思われる瞬間に、焔はアスファルトを蹴る。


 まるで、マッチ棒を着火する瞬間のような摩擦音を立てると同時に、一気に相手に詰め寄り、容赦の無い連打を繰り出し、相手を吹き飛ばすと同時に、一つ技を放つ。


 「龍牙!」


 つま先で手早く地面に書いた星を蹴り上げ、後ろ回し蹴りでそれを撃ち放ち、相手に叩き込む。


 勿論力加減は十分にしている。双龍牙など打ち込めば、死ぬ可能性も出てくる。


 「あわわわわ……」


 それを見たもう一人は完全に腰が引けてしまっている。


 焔の動作が速すぎて、どこにその継ぎ目があるのかさえ解らないのだ。そして、焔は彼を一歩ずつ追い込むように間を詰める。

 

 何よりその詰め方が絶妙なのは、右側から左側で二の足を踏んでいる、残りの二人の方へと纏めている所だ。

 

 「かっけぇ……」

 

 みどりは焔の強さに思わず見惚れてしまう。

 

 「日向の姉さんて、ただの爆乳美人じゃなかったんですね!」


 「おうよ」

 

 みどりの感激に、全く否定をする事なく、焔は親指を立てて、みどりとミコの前に出る。

 

 「みどり、アイツ等縛っておいてくれ」


 「う……うん」

 

 みどりは、焔とミコの間から抜け出し戦闘不能の四人を蔓で編み出した縄で縛り上げる。

 

 焔を前にした彼等は、ただたじろぐ。


 威風堂々としたその歩みは、一歩勧めるごとに、彼等の志気を踏みにじって行く。

 

 「火炎……!」


 「おせぇ……」

 

 みこを背にした焔が、それを避けることはない、察した一人が技を放とうと時には、既に焔は詰め寄っており、その腕を取り、捻ると同時に、路面に叩き伏せる。

 

 そして、叩き伏せた状態の焔が見せた隙を突こうと彼女に殴り掛かった両名も、あっさりと攻撃を躱され、至近距離での掌底で倒されてしまうのだ。

 

 「なんつうか。これ便利だな……栗火鉢だっけ……」

 

 技そのものは、打撃の瞬間に気を叩き込むという非常にシンプルだが、タイミングが重要である。唯今回は焔の方が遙かに格上であるため、接近戦技の負うリスクは殆どないといって良い。

 

 そして焔は、倒れている男の背中に足を乗せ、彼の身動きも封じる。

 

 「さて……テメェ等武家だな?。こんな山奥で何してやがる?」


 「誰がいうか!殺すなら殺せよ!」

 

 余り覚悟が出来ているとは思えない彼の戯言だが、それでも焔ほどの相手と出くわしたのなら、そういう状況も想定はしているようだった。


 だがそれこそ、なぜ焔ほどの人間がこんな場所にいたのか?などとは解るはずもないのだ。

 

 抑、みどり達がミコを山に連れて行かなければ、彼等は接触する事もなかった。

 

 「バカバカしい……」

 

 自分は、目の前にいるみどり達を助けたに過ぎない。しかしこのタイミングで、能力者がこんな場所にいるとなれば、そうなのだろうと理解するしかない。


 ただそれでも、この場で彼に処刑を執行するなど、自分の役割から大きくかけ離れている。抑、焔は鋭児にくっついてきただけで、事態の表舞台に関わる気などはなかった。これはこれで、焔の想定外ともいえる。

 

 「日向の姉さん!快晴が!」


 「解ってる……」

 

 みどりが最後の一人を縛り上げると、焔もその足を下ろす。

 

 「三人で行こう」

 

 急がなければならないが、二人を置いて先に行くわけには行かない。ましてミコを置いていくことが尤も危険だと言えた。

 

 焔達が戻ろうとしていた頃、快晴は苦戦していた。


 手も足も出ないという状況ではないが、火縄に対して決定的なダメージを与える攻撃を出来ないでいた。


 一方火縄は、幾分か攻撃を浴びているものの、表情には余裕があり、明らかに未熟な快晴とのやり取りを楽しんでいた。

 

 「ポテンシャルはなかなかあるようだが、なんつうかガキだな……やっぱ」

 

 「く!」

 

 快晴も構えては見せるが、はやりぎこちないのだ。初陣で浮き出し合っている若武者といったところだ。


 早さも、攻撃力もあるが、絶えず一歩引きつつ、快晴の攻撃を躱し、彼の大ぶりの後に、蹴りを腹に入れるなど、火縄は確実に快晴の体力を奪ってゆく。


 それでも立たなければならない快晴は、呼吸を乱されながらも、立ち上がるのだった。

 

 「まぁ聖属性ってのはそうだもんな。そうやって、加護で底上げして、地力の底上げは出来るが、それで手一杯になっちまう。ある意味炎の能力者とは、相性最悪って所だな」

 

 炎の能力者は瞬発力において、属性一だ。


 継いで風となるのだが、聖属性の能力者は、自らに加護を付与する事により、身体能力を著しく向上させる事が出来る。


 主には、速度面と攻撃力面だ。だがそれこに力を集中させすぎると、遠距離技や中期距離を技を扱う余裕をなくしてしまう。


 能力者として未熟な快晴には、そんな力配分など出来ようはずもなかった。

 

 何より快晴は、攻め気にさせられてしまっており、相手のペースで戦いを進めている状況となっている。


 それでは、いくら覚醒痣を持ってるほどの者だとしても、駆け引きで既に負けており、渡り合えるチャンスですら、既に潰してしまっていることになる。

 

 それでも、削られながらも力を維持時続ける快晴のポテンシャルは、やはり一級品だった。

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